4話 街角の足跡、地域の繋がり

じりじりとアスファルトを焼く陽射しが、山根琴子の気力までをも溶かしていくようだった。迷い猫「ミミ」の捜索を始めて、すでに数日が経過している。手掛かりは、佐藤健太少年から預かった特徴的な模様の首輪と、彼の曖昧な証言だけ。探偵小説のようにはいかない現実に、琴子は小さなため息を漏らした。

「こんにちはー! このあたりで、変わった首輪をつけた猫、見かけませんでしたか?」

活気のある商店街。威勢のいい声が飛び交う八百屋の前で、琴子は店主の男性に声をかけた。日焼けした顔に人の良さそうな笑みを浮かべた店主は、きゅうりを冷水に浸しながら答える。

「猫かい? ああ、そこら中にいるさ。うちの店先で昼寝していく図々しいやつもいる。だが、首輪ねえ……。嬢ちゃん、探偵さんなんだって? 山猫亭の。面白いこと始めたもんだなあ。まあ、頑張りなよ!」

悪気のない励ましが、かえって琴子の未熟さを浮き彫りにするようで、胸がちくりと痛んだ。ありがとうございます、と力なく返事をして、次の目的地へと歩を進める。公園では、数人の主婦たちが木陰で談笑していた。人見知りな性格が顔を出しそうになるのをぐっとこらえ、琴子は眼鏡の奥から彼女たちを見つめ、意を決して声をかける。

「あの、すみません。山猫探偵事務所の者ですが、少しよろしいでしょうか」

主婦たちは興味津々といった顔で琴子を取り囲んだ。 「あら、山猫亭の琴子ちゃんじゃないの! 探偵さんになったって本当だったのねえ」 「迷い猫? 大変ねえ。どんな猫なの?」 琴子がミミの特徴を説明すると、彼女たちの会話はあらぬ方向へと飛んでいく。 「そういえば鈴木さんちのタマも最近見ないわね」 「うちの近所に来る野良猫、最近子猫を産んだみたいよ」 善意からくる情報の洪水に、琴子はただただ圧倒されるばかりだった。懸命にメモを取るが、話の要点とは関係のない近所の噂話で手帳が埋まっていく。依頼人の感情を表す顔文字を書き込む癖も、今は困り顔のスタンプでいっぱいだ。自分の能力不足を痛感し、俯きそうになったその時だった。

ベンチに一人座っていたお年寄りの女性が、ゆっくりと口を開いた。 「探偵さん。あんたの探してる猫は、きっと賢い子なんだろうね」 「え……?」 「猫ってのはね、ただの気まぐれでいなくなったりしないもんだよ。特に人に懐いてる子はね。何か理由があるんだ。居心地が悪いとか、何かから逃げているとか、あるいは……誰かに会いたがっているとかね。私の連れてるこの子も、昔、三日三晩帰ってこなかったことがある。あの時は心配で眠れなかったよ。でもね、帰ってきたとき、あの子、小さな鈴を首から下げてたんだ。どこかの誰かが、きっと優しい気持ちでつけてくれたんだろうね。あんたは、その猫の気持ちを考えて調査してるかい? どこに行ったか、だけじゃない。どうして、いなくなったのか。その子の心を探してやらないと、本当の意味では見つけてあげられないんじゃないかね」

その言葉は、温かく、そして鋭く琴子の心に突き刺さった。そうだ、私はただ物理的な足跡を追うことばかりに必死で、ミミ自身の心や、依頼人である健太君の心の奥にあるものを見ていなかった。彼女の「誠実さ」と「優しさ」は、まだ表面的なものでしかなかったのだ。琴子は深く頭を下げた。 「ありがとうございます。とても、大切なことに気づかせていただきました」

少しだけ心が軽くなった琴子は、商店街から外れた、古い建物が並ぶ路地裏へと足を向けた。そこは、彼女が子供の頃から好きな散歩道だった。懐かしい空気に包まれながら歩いていると、一軒の古道具屋が目に入った。軒先には、時代の埃を被った品々が無造作に並べられている。何かに引き寄せられるように、琴子は店の前で足を止めた。その時、彼女の視線は、山と積まれた陶器の片隅にある一枚の古い絵皿に釘付けになった。

そこには、一匹の猫が描かれていた。そして、その猫の首には、健太から預かった首輪と驚くほどよく似た、幾何学的な模様が描かれていたのだ。まるで、この場所に来ることを予期していたかのような、不思議な出来事。喫茶店の窓際で静かにコーヒーカップの縁を撫でていた白石の「目に見えるものだけが真実とは限らない」という言葉が、幻想的な響きを伴って脳裏に蘇った。

琴子は、その皿をそっと手に取った。ひんやりとした陶器の感触が、確かな手応えとして彼女の探求心に火を灯す。これは、ただの偶然じゃない。見えない絆が、この街の片隅で、確かに自分を導いている。夕暮れの光が差し込む路地裏で、琴子は自分の探偵としての、新たな一歩を踏み出したことを確信していた。

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