2話 封の古さ

宅配便の箱は妙に軽かった。だが送り状番号は正規の伝票として通っている。箱の角は新しいのに、封の糊だけが古い。灯子は開封する前に、封蝋の割れ方を目で追い、紙の湿り具合を指先で確かめた。真琴は台帳を開き、受領時刻を書き、配達員の靴の向きと、荷物を持った手の高さを淡々と拾っていく。三好晴信は、警察手帳を出すより先に送り状番号を控えた。

箱を開けた瞬間、紙の匂いが一段乾いた。中には旧蔵目録を切り貼りして作った見取り図、灰崎の筆跡に似せた未発表原稿の断片、そして「返却先」と書かれた紙片が入っていた。さらに、返送ラベル、古書の貸出票、薄い栞が同封されている。灯子はその組み合わせに見覚えがあった。灰崎が生前、落丁を見つけるたびに静かに挟んでいた痕跡と同じだった。

灯子は箱の底に残った薄い粉を親指でこすった。紙魚の粉に似ているが、店のどの棚にも見覚えがない。しかも、底には細い擦れ跡が一つあった。地下へ続く鍵穴の周囲で、金属が何度か触れたときに残る、あの鈍い摩耗に似ている。三好は封の継ぎ目を見て「最近の細工ではない」と言いかけた灯子を、悪戯か嫌がらせの類と片づけようとする。けれど灯子は、封の古さと印字の新しさの矛盾を見ていた。

古いものが新しいふりをするのは、いつも一番たちが悪い。

灯子は三好の言葉を遮るように、箱の中に残る僅かな影を見つめたまま、低く落ち着いた声で口を開いた。

「刑事さん、見かけの古さに惑わされないで。この箱の角を見てください。最新の流通規格を示すバーコードの印字、その滲みの少なさと、この封蝋の割れ目に残る乾燥の度合いが、まるで釣り合っていない。これは二十年前に灰崎さんが遺した紙質をそのまま、現代の輸送箱に詰め直した……あるいは、二十年前からそのまま保管されていたものを、今、誰かが意図的に動かしたという証拠です」

三好は眉間に深い皺を刻み、ルーペを手に取って箱の継ぎ目を凝視した。その動きには迷いがなく、規則という鎧を着込んだ者特有の無機質な集中があった。彼は灯子の言葉を一瞬だけ無視し、自身の作業を続けたあと、ふっと溜息を吐いてから答えた。

「霧島さん、警察は感情論で動く組織ではない。たとえ君がその紙片の匂いや古書店の記憶についてどれほど確信を持っていようと、法廷で通用するのは送付記録と物理的な証拠だ。しかし……確かに、この封蝋の成分分析を急ぐ余地はある。二十年前の湿り気と、今のこの店の空気が、箱の中で同居しているのは不自然だ」

三好の返答に対し、真琴が冷めたコーヒーを飲み干して加わった。彼女は手帳に書き留めていた配達員の証言を読み上げる。

「刑事さん、配達員はこう言ったわ。この箱を預かったのは、雨影通りの裏通りだと。私が以前、この場所で目撃したあの人物が、二十年経ってから再び現れるとはね。灯子ちゃん、灰崎さんが最後に店を訪れた夜、有馬さんが地下書庫の鍵を借りていたことを覚えている? あの時、有馬さんは『整理が必要だ』と言って、貸出票の束を丸ごと持ち出そうとしたわよね」

灯子は真琴の言葉に頷きながら、地下書庫へ繋がる鍵束を指先で弄んだ。その真鍮の冷たさが、二十年前のあの夜の硬直した空気を呼び起こす。

「ええ、覚えているわ。有馬さんは『これは私の所有物だ』とまで言った。あの夜の有馬さんの執着は、単なる古書収集家のそれじゃない。記録そのものを自分の管理下に置くことで、灰崎さんが見つけた『何か』を消そうとしていたのよ。この宅配便は、当時の私たちが『事故だった』と片づけてしまった事実が、時を経て未だに店に居座っているという告発状なの」

灯子の言葉が店内に響くと、三好の表情がわずかに強張った。彼はこれまで、この店で起きる出来事を単なる個人の追悼や寂しさの表出として処理していた。だが、論理的な不整合を積み重ねていく灯子の言葉には、無視できない重みが加わっていた。

「二十年前の事故死……その夜の記憶を、改めて再構成する必要があるということか」

三好の言葉に、灯子は静かに立ち上がり、棚を整理し始めた。彼女の手元にあるのは一つの箱だけではない。この店そのものが、死者の名を借りて何かを隠蔽しようとする犯人との、最後の知的ゲームの盤面と化している。灯子は棚板の埃を払い、そこに残る微かな凹みに指を添えた。灰崎朔也は死んだ。だが、彼が最後に託したこの箱は、店に残された最後の証人として、灯子に「返却先」を求めている。

「そうよ、刑事さん。この箱を開けた瞬間から、私たちは閉館作業ではなく、灰崎さんが遺した『未完の継承』を引き受けることになったの。それがどんなに苦い真実だとしても、この店の棚を最後の一冊まで空にするまで、私はこの事件から手を引くつもりはないわ。記録を消すくらいなら、たとえ自分の過去を傷つけてでも、すべてを明らかにしてみせる」

灯子のその宣言は、店内に漂う紙とインクの古い匂いを、まるで浄化するように突き抜けた。三好は黙って手帳を閉じ、真琴は新しい伝票を一枚取り出し、次の整理手順を書き始めた。雨影通りの閉館前夜、灯籠堂の時計の針は、二十年前のあの夜と、現在という新しい夜を繋ぎ合わせるために、静かに、しかし確実に刻み続けていた。

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封の古さ - 死者の返送先 - 誰でも作家life