7話 奈落への転落

# 第2幕 愚者の狂宴 ## エピソード4「奈落への転落」

政府という名の玩具箱から放り出されたエロンは、コメ国の煌びやかな摩天楼の片隅、かつて自らが所有していたビルの、今は家賃滞納で差し押さえ寸前の薄汚れた一室にいた。壁には宇宙のポスターが虚しく貼られ、床には空になった精神安定剤の瓶と、高価だったであろう酒瓶が転がっている。彼の目は、麻薬と絶望によって不気味に爛々と輝き、その瞳はトゥイトゥアーのタイムラインに釘付けになっていた。タコ王の「エロンは寄生虫!我がコメ国から養分を吸い尽くす裏切り者だ!」という投稿が、何百万もの「いいね」と共に彼の網膜を焼いていた。

「寄生虫だと……?この私を、星々の海へ人類を導くこの私を……!」

エロンは立ち上がり、窓の外に広がる、もはや自分の手の届かない富の象徴たる夜景に向かって叫んだ。その声は震え、狂気に満ちていた。

「いいだろう、タコめ。お前がその矮小な玉座の上で満足している間に、私は新たな宇宙を創造する。そうだ、政党だ!既存の政治という重力から魂を解放するための政党、『宇宙解放党』を立ち上げる!我々の目的はただ一つ!腐敗した地球を捨て、清浄なる火星へ、選ばれたる人類を移住させることだ!そして、この汚れた惑星は……そうだ、この私の私有地とする!愚民どもはタコ王と共に、この星の泥にまみれて朽ち果てるがいい!」

彼はその支離滅裂な演説を、震える指でトゥイトゥアーに打ち込んだ。麻薬によって拡張された彼の思考は、もはや現実と妄想の区別がつかず、その公約が常軌を逸していることにも気づいていなかった。それは逆襲の狼煙のつもりだったが、世界にとってはただの狂人の戯言にしか映らなかった。

その頃、ホワイト宮殿の執務室では、タコ王が巨大なスクリーンに映し出されたエロンの投稿を見て、腹を抱えて笑っていた。隣に立つ腹心のパンスは、主君の機嫌を損ねないよう、口元に薄笑いを浮かべている。

「見たか、パンス!あの麻薬中毒者め、ついに頭のネジが火星まで飛んで行ったようだ!地球を私有地にするだと?ハッ、面白い!実に面白いジョークだ!だがな、パンス、ジョークにはオチが必要だ。そして、奴の人生のオチは、この私がつけてやる」

タコ王は椅子から立ち上がると、獣のように部屋を歩き回りながら、集められた側近たちに命令を下した。その口調は、国家元首のそれではなく、ガキ大将が子分に指示を出すかのようだった。

「いいか、お前たち!まず、トゥイトゥアーだ!奴の投稿が人々の目に触れる前に、すべて削除しろ!奴のアカウントは『技術的な問題』で凍結だ!次にメディア!『エロン、麻薬中毒の末に精神錯乱』『エロン、祖国ナンア国へのスパイ疑惑』、そんな見出しで新聞の一面を飾れ!テレビでは、専門家とやらに『彼の行動はコメ国への重大な脅威だ』とでも言わせておけ!知ってるか?人間ってのはな、活字やテレビで偉そうなやつが言ったことを信じるようにできてるんだ。俺が言ってるんだから間違いない!」

彼は一息つき、オリガルたちのリストが映る別のスクリーンを指差した。

「そして、お前たち、私の忠実なるオリガルの諸君!今こそ忠誠を示す時だ!エロンの会社の株を空売りしろ!奴の銀行口座を凍結させろ!奴の工場に、ありとあらゆる理由をつけて税務調査を入れろ!奴から全てを奪うんだ。富も、名声も、そして声も!奴がかつてコメ国で呼吸していたという事実そのものを、歴史から消し去ってやる!これは罰だ。この偉大なるタコ王に逆らった愚か者への、公開処刑なのだ!」

タコ王の狂気に満ちた演説に、側近たちは「おお!」と鬨の声を上げ、パンスは満足げに頷いた。彼らにとって、これは国家の運営ではなく、ただの壮大な「いじめ」であり、最も面白いエンターテイメントだった。かつて盗賊たちが集まってできたコメ国の本性が、そこにあった。力ある者が、気に入らない者を徹底的に叩き潰す。法も倫理も、絶対的な権力者の前では意味をなさなかった。

タコ王による総攻撃は、迅速かつ無慈悲だった。「宇宙解放党」は結党宣言からわずか数日で、その存在自体が幻だったかのように消え去った。エロンのトゥイトゥアーは沈黙し、彼の企業は次々と倒産の憂き目に遭い、彼の莫大な資産はタコ王に忠実なオリガルたちによって山分けされた。

そして数週間後、やつれ果て、魂の抜け殻のようになったエロンは、コメ国の空港にいた。両脇を屈強な捜査官に固められ、出身国であるナンア国への強制送還便へと引きずられていく。彼は最後に何かを叫ぼうとした。かつてのカリスマ性を微塵も感じさせない、かすれた声で。

「歴史は……私を……正しく評価する……お前たち愚か者には……星は見えない……」

だが、彼の言葉は、すぐ隣で轟音を立てるジェットエンジンの前に虚しくかき消された。タラップの先にある暗い機内へと、彼は抵抗もできずに吸い込まれていった。一つの星が、燃え尽きることなく、ただ奈落へと墜ちていった瞬間だった。

その一部始終は、コメ国中のテレビやスマートフォンの画面で生中継されていた。郊外のありふれた一軒家。リビングのソファに座っていた十歳の少年は、画面に映る無様な男の姿と、それを嘲笑うニュースキャスターの顔を無表情で見つめていた。やがて彼は、隣でアイロンをかけていた母親に、ぽつりと尋ねた。

「ねえ、お母さん。なんで王様は、あんな酷いことをするの?あの人も、前は王様と仲良しだったんでしょ?」

母親の手が止まる。彼女は何と答えればいいのか分からなかった。

「大人って、なんでみんな、あんなに幼稚なの?」

少年の純粋な疑問は、答えのないままリビングの空気に溶けていった。それは、この国の、いや、この時代の全ての子供たちが抱く、声なき絶望の呟きだった。20世紀の終わり頃から静かに蔓延し始めた「反知性主義」という名の病は、今や指導者たちの精神を完全に蝕み、その毒は社会の隅々、未来を担うべき子供たちの心にまで、深く、そして静かに浸透し始めていた。世界が自ら破滅へと向かう歯車は、また一つ、大きく、そして確実に回ったのである。

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奈落への転落 - 『タコ王の日々、あるいは終末の童話』 - 誰でも作家life