第6話 暴露と報復の連鎖
# 第2幕 愚者の狂宴 ## エピソード3 暴露と報復の連鎖
タコ王とエロンの醜悪な争いは、もはやコメ国の日常風景となりつつあった。ソーシャルメディア「トゥイトゥアー」を開けば、そこには国の最高権力者と、つい先日まで政府の要職にあったオリガルが、互いを罵倒し合う言葉の汚泥が広がっている。それは、まるで終わりのない泥仕合を強制的に見せつけられているかのようだった。世界の指導者たちは嘲笑し、コメ国の同盟国は困惑し、そして市民たちは、深い絶望とともにその光景を眺めていた。特に、物事の分別がつき始めた子供たちの目には、この国の未来そのものが、下劣な冗談のように映っていた。
ホワイト宮殿の一室。そこはエロンがDODGE長官として与えられた、贅沢な私室だった。壁には宇宙のポスターと、彼が寵愛する複数の妻たちの写真が無秩序に貼られている。その中央で、エロンは虚ろな目でスマートフォンを睨みつけていた。彼の指先は微かに震え、その瞳は常用する麻薬によって不気味な光を宿している。タコ王からの最新のトゥイトゥアー投稿が、画面上で嘲笑うかのように点滅していた。「エロンは宇宙に行きたいらしいが、その頭の中こそが宇宙(からっぽ)だ!」。
「……タコめ。あの無知蒙昧な道化師が……」
エロンの口から、乾いた呟きが漏れた。彼の脳内では、怒りと屈辱、そして薬物による増幅された paranoia が渦を巻いていた。
「私が、この私が、どれほどのものを彼に与えてやったと思っているのだ。富を、技術を、そして何より、私という天才を彼の側に置いてやるという栄誉を!だというのに、あの男はなんだ?私のビジネスの邪魔をし、私の偉大なヴィジョンを嘲笑い、挙句の果てにはこんな低俗な罵詈雑言を世界に垂れ流す。許せるものか。……許してなるものか」
彼は立ち上がり、窓の外に広がる首都の夜景を見下ろした。きらびやかな光の洪水は、彼がこの国で築き上げた富の象徴だ。だが今、その全てが、IQの低い一人の男によって脅かされようとしている。
「報いだ。報いを受けさせてやらねばならん。ただの殴り合いでは、あの愚鈍なタコの厚い皮には届かんだろう。ならば、心臓を直接抉る一撃をくれてやるまで。世界よ、見るがいい。お前たちが玉座に据えた王が、どれほど腐りきった魂の持ち主であるかを。お前たちが信じる『偉大さ』が、いかに脆い虚飾の上に成り立っているかを」
エロンは再びスマートフォンの前に座ると、震える指で新しい投稿を打ち込み始めた。それはもはや、単なる罵倒ではなかった。彼の歪んだ詩的センスと、麻薬がもたらす悪意に満ちたインスピレーションが融合した、呪詛そのものであった。
『白き宮に囚われしは、若き魂を貪る蛸の群れ。星屑に紛れし罪は、闇夜に囁く甘き毒』
脈絡のない、しかし明らかに何かを暗示する不気味なフレーズ。それに続けて、彼はタコ王が過去にオリガル仲間と参加したとされる乱交パーティーの詳細と、そこで行われたとされる未成年者との淫行疑惑を、隠語と比喩を多用して陰湿に書き連ねた。それは直接的な告発よりも、遥かに人々の下劣な想像力を掻き立てる、毒々しい暴露だった。投稿ボタンが押された瞬間、そのデジタルな毒は光の速さで世界中に拡散していった。
その頃、ホワイト宮殿の王の執務室では、タコ王が腹心のパンスを相手に、自身の「偉大さ」について熱弁を振るっていた。
「パンス!見たか!俺の最新のトゥートは!『頭の中が宇宙』!どうだ、天才的だろう!国民は腹を抱えて笑っているに違いない!俺のユーモアのセンスは、歴代の王の中でも最高だ!」
「は、はい、王。まことに素晴らしいウィットでございます」
パンスが、引きつった笑いで追従したその時だった。タコ王の巨大なモニターに、側近が血相を変えて表示させたのは、エロンの最新の投稿だった。タコ王の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。そして次の瞬間、彼の顔は怒りで真っ赤に染まった。
「こ…の…クズがァァァッ!!」
タコ王の咆哮が、宮殿中に響き渡った。彼は手元にあった黄金のカップを壁に叩きつけ、中身の高級ジュースが貴重な絵画を汚すのも構わずに叫び続けた。
「パンス!見たか!あの麻薬中毒のドブネズミが何を書いたか!俺が!この偉大なタコ王が!未成年だと?ふざけるな!俺はいつでも美女に囲まれている!年齢など、我々の間では些細な問題に過ぎん!それをあいつは…!俺の名誉を!俺の築き上げた全てを泥で汚しやがった!」
「王、お怒りはごもっともです。しかし、ここはまず冷静に事実関係を…」
「冷静だと!?この俺に冷静になれと言うのか!あいつはDODGEで何をしていた?政府の金を使い込み、毎日違う女を部屋に連れ込み、一日中ラリっていただけではないか!俺がくれてやった地位だぞ!俺の寛大さの証だ!それを…恩を仇で返すとはこのことだ!クビだ!今すぐクビにしてやれ!いや、それだけでは足りん!あいつの財産をすべて没収しろ!国から追い出せ!」
タコ王の怒りは、理性の介入を一切許さなかった。彼の思考は常に自己中心的であり、受けた侮辱には十倍にして返すことしか考えられない。パンスは、もはや王を止めることは不可能だと悟り、ただ静かに頭を垂れるだけだった。
その数分後。ホワイト宮殿の一室で、エロンは銀のパイプから紫煙をくゆらせ、恍惚とした表情で天井を仰いでいた。世界中から寄せられる反応の通知が、彼のスマートフォンを狂ったように震わせている。その時、彼のパソコンに一通のメールが届いた。送信者は、タコ王の秘書官室。件名はない。本文には、ただ一言、こう書かれていた。
『お前はクビ!』
エロンは、そのあまりに幼稚な文面を見て、一瞬、我に返った。そして次の瞬間、彼は腹の底からこみ上げてくる笑いを抑えることができなかった。それは嘲笑であり、勝利の確信であり、そして破滅への序曲を聴いた者の狂気の笑いだった。
政府を追われた後も、二人の争いが終わることはなかった。むしろ、公的な立場という枷が外れたことで、その罵り合いはさらにエスカレートし、世界中の情報機関やメディアは、この前代未聞の国家レベルの私闘を、固唾を飲んで(あるいはポップコーンを片手に)見守るしかなかった。コメ国という巨大な国家の舵取りは、完全に二人の幼稚な個人の感情に委ねられてしまったのである。この泥沼の戦いが、やがて遠い国の被害妄想に満ちた独裁者の心に、致命的な疑心暗鬼の種を植え付けることになろうとは、まだ誰も知らなかった。
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