5話 SNSの公開処刑

# 第2幕 愚者の狂宴 ## エピソード2 SNSの公開処刑

コメ国が誇るソーシャルメディア「トゥイトゥアー」のタイムラインは、その日、前代未聞の汚物で溢れかえっていた。国家元首と、つい先日までその政府の要職にあったオリガルによる、電子空間上での公開殴り合い。それは、人類の歴史がかつて経験したことのない、最も低俗で、最も幼稚な戦争の始まりであった。

きっかけは、エロンが自身の電気自動車工場で撮影し、投稿した一本の動画だった。タコ王の顔に酷似したロボットを、恍惚の表情で鞭打つその映像は、瞬く間に世界を駆け巡った。ホワイト宮殿の黄金に輝く執務室で、側近が恐る恐る差し出したタブレット端末に映し出されたその光景を、タコ王は蛸のように顔を真っ赤にして凝視していた。彼の極端に低いIQの脳細胞が、沸騰するヤカンのように甲高い音を立てているかのようだった。

「こ、この……このウラギリモノめがッ!」

タコ王は、3歳児が癇癪を起こしたかのように端末を床に叩きつけた。腹心のパンスが、待ってましたとばかりに駆け寄り、さも同情するように、しかしその目は愉悦に細められて、こう囁く。

「陛下、お気を確かに。あのような下賤なオリガルの戯言、気になさるまでもございません。しかし、このままでは陛下の威信に傷が……。ここは一つ、王の威厳というものをお示しになられては?」

パンスの言葉は、タコ王の自己中心的な精神構造に完璧に適合した。威厳。そうだ、俺は王なのだ。世界で一番偉くて、一番賢い王なのだ。タコ王は砕け散った端末の代わりに、黄金で特注された自身のスマートフォンをひったくると、震える指でトゥイトゥアーのアプリを起動した。彼の短い指が、常人には解読不能な速度で画面を叩き始める。

『エロンはキセイチュウだ!オレのカンダイさにアグラをかいたウソつきだ!コイツはコメ国をウラギッタ!オレはコメ国をサイコーにする!サイコーにだ!オマエのようなヤクチュウはコメ国から出ていけ!コメ国はオレのものだ!』

投稿ボタンが、憎悪と共に叩きつけられる。誤字と文法の間違いだらけの、すべて大文字で書かれたその文章は、まるで理性を失った獣の咆哮そのものであった。ホワイト宮殿の広報担当官たちは、その投稿が世界に発信された瞬間、一斉に頭を抱えた。しかし、彼らにそれを削除する権限などない。彼らの仕事は、王の愚行を訂正することではなく、それを世界中に拡散し、正当化することなのだから。かくして、彼らは冷や汗を流しながらも、その投稿に「公式見解」のタグを付け、世界各国の言語に翻訳して拡散し続けた。

このタコ王の反撃に対し、エロンが沈黙するはずもなかった。彼はナンア国との国境に近い自身の邸宅で、複数の妻たちに囲まれながら、高価な麻薬を吸引し、トリップした意識の中でタコ王の投稿を見ていた。彼の目は虚ろに宙を彷徨い、口元には不気味な笑みが浮かんでいた。

「フフ……フハハハハ!寄生虫だと?この宇宙の真理に手を伸ばす私を、泥の中を這いずる蛸が……!面白い、実に面白い!ならば、こちらも神託を授けてやろうではないか」

彼の指もまた、スマートフォン上で舞い踊る。しかし、タコ王のそれとは異なり、その文章は麻薬中毒者特有の、支離滅裂でありながらも奇妙に詩的な響きを持っていた。

『腐臭放つ蛸の王よ、汝の玉座は蜃気楼。その短い腕で星を掴もうなど片腹痛い。そもそも汝はいつも変な匂いがするのだ。魚の腐ったような、古びた図書館のような……ああ、そうだ、知性の死臭だ。汝の存在そのものが、この惑星の汚染源なのだ。消えろ、蛸。火星の赤い砂漠こそが、汝の墓標に相応しい』

この投稿は、タコ王のそれとは別の意味で世界を震撼させた。国家のトップ同士が「変な匂いがする」「目がイッてる」と罵り合う。それはもはや政治的対立ではなく、小学校低学年の教室で繰り広げられる、最も低レベルな口喧嘩そのものであった。

世界中のニュース番組が、この異常事態をトップで報じた。コメンテーターたちは、深刻な顔でこの「トゥイトゥアー戦争」が国際情勢に与える影響を分析しようと試みるが、そのあまりの馬鹿馬失さに言葉を失い、ただただ呆れた表情で互いの顔を見合わせるばかりだった。ある国際政治学者は、「これは……現代におけるカリギュラ帝の再来とでも言うべきでしょうか。いや、カリギュラ帝に失礼か……」と呟き、放送禁止用語を発しかけて慌てて口を噤んだ。

この茶番劇は、しかし、多くの市民にとっては笑い事ではなかった。それは、自らの運命を、こんな愚かで幼稚な者たちに握られているという、底知れない絶望の表れだったからだ。

コメ国の、ごくありふれた郊外の住宅街。夕食のシチューを囲む平凡な一家のリビングでは、大型スクリーンに映し出されたニュースが、タコ王とエロンの醜い投稿を交互に映し出していた。フォークを握りしめたまま、十歳になる息子が、父親に尋ねた。

「お父さん、王様とエロンはなんで喧嘩してるの?テレビで悪口言うのは、いけないことだって学校で習ったよ」

父親は、言葉に詰まった。なんと答えればいいのか。この国の頂点に立つ人間が、君たちが学校で習う最低限の道徳すら持ち合わせていないのだ、と。どう説明すれば、この子の未来への希望を打ち砕かずに済むのか。

母親が、悲しげな笑みを浮かべて息子の頭を撫でた。「……大人にもね、時々、わからなくなっちゃう人がいるのよ」その声は、絶望の色に染まっていた。

ニュース番組は、街頭インタビューの映像に切り替わった。マイクを向けられた一人の少女が、大人たちの愚かな争いについて意見を求められている。彼女は、年の頃十三、四歳だろうか。その目は、同世代の子供が持つべき輝きを失い、まるで全てを諦観したかのように冷え切っていた。彼女はしばらく黙って空を見つめた後、カメラをまっすぐに見据え、静かに、しかしはっきりと、こう言った。

「大人って、なんでこんなバカなの?」

その一言は、銃声よりも鋭く、世界の中心に突き刺さった。それは、反知性主義という病に蝕まれ、自ら破滅へと突き進む人類全体に向けられた、痛烈な告発であり、あまりにも純粋で、それ故に残酷な真理であった。誰もが薄々感じていながら、口にすることをためらっていた言葉。その言葉が、一人の少女の口から放たれた瞬間、この物語の喜劇は、紛れもない悲劇としての正体を現したのである。

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