第4話 経済を荒らす愚者の指先
# 第2幕 愚者の狂宴 ## エピソード1 経済を荒らす愚者の指先
ホワイト宮殿の主執務室は、悪趣味なまでの黄金色に輝いていた。歴代の王たちが残した重厚な調度品は片隅に追いやられ、代わりにタコ王が特注させた、自身の顔をモチーフにした金色の装飾が壁という壁、天井という天井を埋め尽くしている。その異様な空間の中心で、タコ王は巨大な革張りの椅子にふんぞり返り、自身の指先を見つめていた。その指は、まるで世界を意のままに操れる魔法の杖であるかのように、彼には見えていた。
「いいか、パンス。よく聞け」タコ王は、腹心であるパンスに向かって、もごもごとした不明瞭な発音で語り始めた。「コメ国は、世界で一番なんだ。一番豊かで、一番強くて、一番……とにかく一番だ。なのになぜ、我々が他国のガラクタをありがたがる必要がある? 連中は我々の富にたかるハイエナだ。そうだ、ハイエナに餌をやる必要はない。全て叩き出せばいい。俺の国で作ったものが最高で、それ以外はゴミだ。どうだ、シンプルだろう? これこそが、奴らの言う小難しい理屈を超えた、真の知性というものだ」
パンスは、その支離滅裂な演説に、恭しく頷いてみせた。彼の目には、タコ王への忠誠心など微塵も存在しない。ただ、この愚かな王の自己愛をくすぐり、その権力の蜜を吸い続けることだけが彼の関心事だった。 「まったくもって、王のおっしゃる通りでございます。その深遠なるご慧眼、このパンス、感服するほかございません。我々コメ国は、もはや他国に頼る必要などないのです。王の指先一つで、世界はひれ伏すのですから」 「そうだ、そうだとも!」 満足げに頷いたタコ王は、机の上に置かれた最新型のタブレット端末をひっつかむと、慣れない手つきでソーシャルメディア「トゥイトゥアー」のアイコンをタップした。そして、ほとんど推敲もせず、その短い指で巨大なキーボードを叩き始めた。
『コメ国は今日から新時代に突入する! コメ国以外の国から来る汚い製品には、罰として2000%の税金をかける! コメ国製の車以外は、コメ国の道を走ることを禁ずる! これが俺の決定だ! 偉大なコメ国を再び偉大にする!』
投稿ボタンが押された瞬間、世界の金融市場は阿鼻叫喚の地獄へと突き落とされた。為替レートは乱高下し、各国の株価は滝のように下落した。何世代にもわたって築き上げられてきた国際的なサプライチェーンは、このIQの低い男の指先から放たれた数行のテキストによって、一瞬にして寸断されたのだ。
その頃、コメ国随一のオリガル、エロンは、自身がDODGE長官として与えられた、ホワイト宮殿の一室で、数人の取り巻きと複数の妻たちに囲まれながら、高純度の麻薬を吸引していた。未来的で無機質な部屋には、甘く退廃的な煙が立ち込めている。 「……で、次の宇宙計画だが」エロンは虚ろな目で宙を見つめながら、呟いた。「政府の予算を全て私の『スターダスト・ベンチャー』に回す。反対する官僚は全員クビだ。地球はもう古い。我々の未来は火星にある。私が、人類を新たなステージへと導くのだ」 取り巻きたちは、彼の妄言に「素晴らしい!」「天才的発想です!」と喝采を送る。彼らはエロンの金と権力に寄生するだけの存在だった。 そこへ、一人の秘書が血相を変えて駆け込んできた。 「エロン様! 大変です! タコ王が……タコ王がトゥイトゥアーで……!」 「ああ? あのタコがまた何か戯言を抜かしたか」エロンは鼻で笑った。「どうせ『俺は賢い』だの『俺は人気者だ』のと、いつものお遊戯だろう。放っておけ。奴は私が王座に据えてやった操り人形だ。私が貢物をくれてやれば、喜んで尻尾を振るだけの……」 「それが、違うのです! 全輸入品に2000%の関税を! 我が社の電気自動車の部品はほとんどが海外からの輸入です! これでは工場が……サプライチェーンが……破滅です!」
秘書の悲鳴のような報告を聞いた瞬間、エロンの瞳から虚ろな光が消えた。麻薬による酩酊は一瞬で吹き飛び、代わりに燃えるような怒りの炎が宿った。彼はゆっくりと立ち上がると、秘書からタブレットをひったくり、タコ王の投稿を食い入るように見つめた。 「……あの、タコ野郎が」 静かな、しかし地の底から響くような声が部屋に響いた。 「私が……この私が、奴を王にしてやったというのに。私の富が、私の帝国が、あの脳みそにウジでも湧いた男の、幼稚な気まぐれで脅かされるだと? 許さん……絶対に許さんぞ!」 エロンの自己愛が、彼の金儲けが、何よりも神聖な領域が、土足で踏みにじられたのだ。彼は操り人形が、自らの意志で動き、あまつさえ主人に牙を剥いたことに、激しい屈辱と殺意にも似た怒りを感じていた。 「奴はピエロだ! 私が糸を引いて踊らせるための、滑稽なピエロに過ぎん! それを思い知らせてやる必要がある。誰が本当の主人なのかを。奴が築いたと思っているその地位が、この私の指先一つで、いかに脆く崩れ去る砂の城であるかをな!」 彼は部下たちに命じた。「すぐにだ! 私の電気自動車工場へ行け! 試作品のヒューマノイドロボットがあるはずだ。その顔を、あの忌々しいタコの面に作り替えろ! 今すぐだ!」
数時間後。エロンの巨大な電気自動車工場の一角に、タコ王そっくりの顔を持つアンドロイドが一体、寂しく吊るされていた。その前には、高価なスーツに身を包んだエロンが、一本の革の鞭を握りしめて立っている。彼の目は、狂気と憎悪で爛々と輝いていた。 「愚か者め!」 パァン! と乾いた音が響く。鞭がアンドロイドの顔を打った。 「世界の経済をなんだと思っている!」 パァン! 「お前のような反知性主義の塊が、この世界を支配するなど、一秒たりとも許されてはならない!」 エロンは、息を切らしながら、何度も、何度もアンドロイドを鞭打ち続けた。その異様で不気味な光景は、高性能ドローンによって撮影され、彼のトゥイトゥアーアカウントを通じて、瞬く間に全世界へと拡散された。 『愚者の戯言が、世界の経済を破壊する! この国は、この世界は、知性によって導かれなければならない!』 この投稿は、タコ王とエロンという、二人の巨大な自己愛が衝突する、幼稚で破滅的な戦争の始まりを告げる号砲となった。そして、その狂宴を画面の向こうで見つめる無数の市民たちの心には、どうしようもない呆れと、未来への深い絶望が、じわりと広がっていくのであった。
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