第3話 王の遊びと世界の崩壊の兆し
# 第1幕 愚者の戴冠 ## エピソード3 王の遊びと世界の崩壊の兆し
タコ王の「コメ国第一主義」という名の病は、国内の知性を蝕むだけでは飽き足らず、いよいよその毒々しい触手を国際社会へと伸ばし始めた。DODGE省長官エロンによる政府機能の破壊ショーが日々メディアを賑わせる裏側で、タコ王自身はより壮大な、そしてより破滅的な遊戯に没頭しつつあった。ホワイト宮殿の主となった彼は、地球儀を幼稚な玩具のように指で弾きながら、腹心のパンスにこう嘯いた。
「パンスよ、世界というのはな、要するにデカい市場なのだ。そして俺は、史上最高のセールスマンだ。俺が『買え』と言えば、どんなガラクタだろうと世界は買わねばならん。俺が『コメ国が一番だ』と言えば、それが世界の共通認識になる。実にシンプルだ。なぜ前の王たちは、こんな簡単なことが分からなかったのかね? 奴らはインテリぶっていたが、結局はただの馬鹿だったのさ」
パンスは、主人の言葉に深く、何度も頷いた。彼の役割は王を諫めることではなく、王の自己愛という名の風船に、ひたすら追従という空気を送り込み続けることであった。
「全くもって、その通りでございます、タコ王陛下。陛下の深遠なるご慧眼には、このパンス、感服するほかございません」
この歪んだ主従関係が、これから世界にもたらす災厄を、この宮殿にいる誰一人として想像できていなかった。いや、想像できた者もいたかもしれないが、彼らは皆、沈黙という賢明な(あるいは卑劣な)選択をしたのだ。
最初のターゲットとなったのは、隣国オソロを支配するプチン大帝であった。重厚な装飾が施された会談室で、タコ王は足を組み、プチンを値踏みするような視線で眺めながら、一方的にまくし立てた。
「やあ、プーチン君。君のところは寒いらしいな。コメ国は最高だぞ、いつでも暖かい。それはさておき、君が今やっているキユウ国への侵略だが、実に手際が悪い。見ていてイライラするぞ。もっとこう、ドカンと派手にやれんのかね? あのゼレンとかいう役者上がりの男、俺は嫌いだ。気に食わん。だからな、プーチン君、君と俺は友達だ。友達だろう? だから俺が手を貸してやる。コメ国製の最新兵器、特別価格でどうだ? それを使えば、あのふざけた役者もすぐに泣きべそをかくさ。そして世界は俺たちのものだ。どうだ、悪い話じゃないだろう? 俺の偉大さが、ようやく理解できたかね?」
通訳の顔から血の気が引いていく。彼はタコ王の支離滅裂な暴言を、必死で外交的な言葉に変換しようと試みたが、その言葉の端々から滲み出る侮蔑と幼稚さを完全に隠すことは不可能だった。対するプチン大帝は、能面のような無表情を崩さなかった。だが、その氷のような瞳の奥では、冷たい炎が揺らめいていた。この愚かな巨人をどう手懐け、どう利用し尽くしてやろうか。彼の脳裏では、苛立ちと同時に、破滅的な未来を操る神にでもなったかのような、危険な愉悦が渦巻いていたのである。
しかし、真の狂気は、次なる会談相手によって解き放たれることになる。シオ国のニタニタフ大統領。パレ人に対する残虐非道な行為で国際社会から非難を浴びる彼は、極度の被害妄想の持ち主でもあった。タコ王は、そんな男の最も触れてはならない心の闇に、土足で踏み込んでいった。
「ニタニタフ君、君も大変だな。周りからガタガタ言われて。だがな、そんな雑音は気にするな。この俺、タコ王が君の友人だ。俺はビジネスの天才であり、政治の天才だ。だから最強のディールを君に提案する。君の国の安全は、この俺が保証してやる。その代わり、わかるよな? 俺の言うことは絶対だ。俺が白と言えば、夜空に浮かぶ月も白く輝く。それがこの世界の新しいルールだ。ところで、お前んとこのパレ人とかいう連中、ずいぶん手こずってるじゃないか。俺ならもっとスマートに、もっとエレガントにやるね。いっそのこと、俺が開発させた最新鋭の『浄化爆弾』でも使ってみるか? 一発で、君の悩みは綺麗さっぱり消え去るぞ。友情の証だ、原価でいい。どうだ、俺は寛大だろう? 俺の偉大さを理解できない連中は、歴史のゴミ箱に捨てられる運命なのだ。君は賢い。賢いからこそ、俺の真意がわかるはずだ」
ニタニタフは、にこやかに、しかしどこか引きつった笑みを浮かべてタコ王の言葉を聞いていた。彼の精神は、タコ王が発する一語一語を、自らの被害妄想というフィルターを通して捻じ曲げて解釈していた。
(……なんだ、この男は。私を、我々シオ国を試しているのか? この無礼千万な口調、全てを見下した態度。友情だと? 浄化爆弾だと? これは罠だ。我々にコメ国の兵器を使わせ、全ての罪をなすりつけ、国際社会から完全に孤立させる魂胆に違いない。そして我々が弱りきったところを叩き、聖地もろとも全てを奪い去るつもりなのだ。そうだ、そうでなくてはならない。かつて奴はシオ国を『未開の地』と侮蔑したというではないか。その屈辱、忘れたとは言わせんぞ。この男のふざけた笑顔の裏には、底知れぬ悪意と嘲笑が渦巻いている。この狂ったタコの化け物め……! だが、今は耐えるのだ。今は奴の申し出を受け入れ、力を蓄える。そしていずれ、その傲慢な喉笛に食らいつき、王座を血で染めてやる……!)
タコ王の不可解な言動の裏に、コメ国がシオ国を陥れようとする巨大な陰謀があると、ニタニタフは完全に確信した。彼の疑心暗鬼は、もはや誰にも止められない破滅へのカウントダウンのスイッチを押してしまったのである。
会談を終え、ご満悦でホワイト宮殿に凱旋したタコ王は、パンスと共に高笑いを響かせた。 「見たか、パンス! 俺の外交手腕を! これで世界は安泰だ!」 そして彼は、自らの巨大なスマートフォンの画面をタップし、キユウ国大統領ゼレンのSNSアカウントに、小学生レベルの悪口を書き込み始めた。その行為を、パンスは腹を抱えて笑いながら称賛した。
世界の均衡が、二人の愚者の指先から滑り落ち、音を立てて崩れ始めていることに、彼らは気づく由もなかった。それはやがて来る、終末の寓話の、ほんの序章に過ぎなかったのである。
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