2話 DODGEの誕生と知性の粛清

# 第1幕 愚者の戴冠 ## エピソード2「DODGEの誕生と知性の粛清」 戴冠式の狂騒が過ぎ去ったホワイト宮殿は、偽りの静寂に包まれていた。だが、その主であるタコ王の脳内は、未だ興奮の坩堝と化していた。彼は黄金の装飾が過剰な執務室の椅子に深く身を沈め、自身の肖像画が掲げられた壁を満足げに見つめていた。あの絵の自分は、なんと知的で、威厳に満ちていることか。

「なあ、パンス」

タコ王は、部屋の隅で影のように控える腹心のパンスに声をかけた。彼の言葉は不明瞭で、ところどころ意味をなさない音の塊が混じる。しかし、長年の付き合いで、パンスはその言語を完璧に解読する術を身につけていた。

「この国はな、停滞している。あまりにも、こう、古いのだ。役人どもは書類の山に埋もれ、判子を押すことしか考えておらん。まるで化石だ。化石は博物館にでも置いておけばいい。政治には、スピードと、そう、天才的な閃きが必要なのだ。つまり、俺のような」

タコ王は短い指で自身の胸を叩いた。その自己陶酔は、もはや病的な域に達している。彼にとって、思考とは「思いつき」の同義語であり、熟慮とは「時間の無駄」であった。言葉をまともに話せないという事実は、彼の脳内で「凡人には理解できぬ高尚な思想を簡潔に表現している」と都合よく変換されていた。この国を蝕む反知性主義という病は、その最も純粋で強力な宿主を、ついに国の頂点に据えたのである。

「陛下のおっしゃる通りです。陛下の思考の速度に、旧態依然とした官僚機構はついてこれておりません」 パンスは、心にもない追従を滑らかに口にした。彼の役割は、王の言葉を肯定し、その愚かな決断を「英断」として世に広めることだ。権力の側にいること。それが彼の唯一の行動原理だった。

「だろう? そこでだ、パンス。俺は考えた。この国の病巣を根本から断ち切る、画期的な方法を。新しい省を作る」 「ほう、新しい省、でございますか」 「そうだ。その名は……『DODGE』!」

タコ王は叫ぶように言った。その響きに恍惚としている。

「DODGE……素晴らしい響きですな。して、何の略で?」 「ふっ、よくぞ聞いてくれた。『Department of Distructing Government et al.』だ! どうだ、天才的だろう! 政府等を破壊する省! 破壊こそが創造の母なのだ! 古いものを壊さねば、新しいものは生まれん!」

それは、国家という巨大な機械を、自らの手で解体すると宣言するに等しい狂気であった。しかし、タコ王の顔には、世紀の大発見をしたかのような得意満面の笑みが浮かんでいる。IQが低い彼にとって、複雑な組織を改革するよりも、単純に破壊する方が遥かに理解しやすかったのだ。

そして、その破壊の実行者として、タコ王の脳裏に浮かんだのは一人の男の顔だった。戴冠式で最も高価な貢物を捧げ、不気味な踊りで彼の機嫌を取った男。コメ国随一のオリガル、エロンである。

「エロンを呼べ。彼こそ、この偉大な事業の責任者にふさわしい」

呼び出されたエロンは、数時間後にはホワイト宮殿の執務室に立っていた。麻薬の影響か、彼の瞳孔は常に開き気味で、どこか焦点が定まっていない。だが、その脳はタコ王の単純さを見抜き、いかに利用すべきかを高速で計算していた。

タコ王は、得意げにDODGE構想をエロンに語って聞かせた。

「……というわけだ、エロン。君は、真のビジョナリーだ。宇宙を目指すその野心、素晴らしいじゃないか。君のロケットが古い常識を打ち破って空へ飛び立つように、君の手で、この国の古い役所仕事を、官僚主義を、ことごとくぶっ壊してほしいのだ!君こそが、このDODGEの初代長官にふさわしい!どうだ、引き受けてくれるかね?」

タコ王の言葉を聞き終えたエロンは、一瞬、虚空を見つめた後、恍惚とした表情でゆっくりと口を開いた。その声は、囁くようでありながら、奇妙な説得力を持っていた。

「陛下……そのご慧眼、まさに神のそれにございます。DODGE……なんと甘美な響きでありましょうか。破壊。解体。混沌。ええ、ええ、それこそが宇宙の真理。ビッグバンの前には、完全なる無があったのですから。このエロン、陛下のその偉大にして深遠なる哲学に、全身全霊をもって奉仕させていただきましょう。官僚主義という名の、この惑星の重すぎる重力から、コメ国を解き放つのです。そして、陛下の御名と共に、我々は星々の海へと船出するのです!この省庁、お引き受けいたします。我が社の宇宙開発部門のノウハウを、政府の『解体』事業に遺憾無く発揮することをお約束いたします」

エロンの言葉は、支離滅裂でありながら、タコ王の自己顕示欲を完璧に満たした。彼はエロンの肩を強く叩き、「我が友よ!」と叫んだ。こうして、国家の機能を計画的に破壊するための、人類史上最も不条理な省庁が、二人の愚者と狂人の合意によって爆誕したのである。

事が決まると、タコ王の反知性主義はさらに加速した。彼はDODGEの設立を宣言する傍ら、もう一つの「改革」に着手した。

「それからな、パンス。大学だ。あの、インテリぶった教授どもが集まる場所。あいつらは、俺が学生だった頃、俺の論文を正当に評価しなかった。俺の天才を理解できなかったのだ。あんな連中に、国の金をやる必要はない。全大学への補助金を、即刻、全額カットしろ!」

それは、知識に対する純粋な逆恨みと嫉妬から生まれた、あまりにも幼稚な報復だった。コメ国が辛うじて保ってきた知性の砦は、王の個人的なコンプレックスによって、いとも容易く崩されようとしていた。

「かしこまりました。賢明なるご判断です」 パンスは、無表情に頭を垂れた。

その日の夕刻、ホワイト宮殿の正面玄関に、真新しい看板が掲げられた。『DODGE (Department of Distructing Government et al.)』。そのふざけた名称は、これからこの国に訪れるであろう混沌と崩壊を、冷ややかに、そして正確に予告していた。かくして、愚者の手による国家解体の第一歩は、万雷の拍手(と、未来を憂う者たちの絶望的な沈黙)のうちに、厳かに踏み出されたのである。

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