第4話 恋のライバル、黒崎蓮の登場
「男は攻めてなんぼだろ、攻めろ!攻め続けろ!攻め倒せ!」 親友、斎藤拓哉の熱血極まりない、しかし中身の全くないアドバイスを脳内で再生しながら、僕は新しいループの朝を迎えていた。彼の言う「攻める」という行為の主語が、果たして僕のような存在にも適用されるのか。それは甚だ疑問ではあるが、このループという名のデバッグ期間において、試行回数だけは無限に保証されている。ならば、やるしかない。たとえそれが、無謀という名の喜劇、あるいは悲劇にしかならないとしても。
今回の作戦コードは「オペレーション・猪突猛進」。僕の気弱で優柔不断な性格とは真逆の、拓哉的行動原理をインストールし、白石葵にアプローチを試みる。ターゲットの行動パターンは、過去数十回のループによって完全に把握済みだ。この時間、彼女はいつも、大学の中庭に面したオープンカフェのテラス席で、新発売のクリームソーダを飲んでいるはず。
僕はキャンパスの喧騒を、まるでステルス戦闘機のようにすり抜け、目標地点へと向かう。心臓がうるさい。緊張で口元に手が伸びそうになるのを、ぐっと堪える。大丈夫だ、シミュレーションは完璧。今日の僕は、昨日までの僕ではない。拓哉の魂を(一方的に)宿した、行動する哲学者、桜木悠真なのだ。
そして、僕は見た。陽光が降り注ぐテラス席、そのパラソルの下に、僕の初恋の女神、白石葵が座っているのを。完璧だ。彼女は一人。テーブルの上には、予知通り、鮮やかな緑色のクリームソーダ。今だ。今こそ、あの台詞を言う時だ。 「やあ白石さん、偶然だね。そのクリームソーダ、美味しい?」 完璧だ。完璧な偶然を装った、完璧なまでの必然的遭遇。さあ、一歩を踏み出せ、僕よ。
その時だった。僕の視界の端から、まるで世界の法則を書き換えるかのように、一人の男が滑り込んできた。 黒崎蓮。 寸分の隙もなく整えられた髪、流行の最先端をいくクリーンな出で立ち、そして何より、その全身から溢れ出る、根拠のある絶対的な自信。彼は僕のような「コレジャナイ人生」の住人ではなく、生まれながらにして「コレダ!人生」を謳歌する為政者だ。
「よぉ、葵。またそれ飲んでんの? そんなに好きなのかよ」
蓮は、僕が何十回もループして、ようやくひねり出そうとしていた台詞を、まるで呼吸でもするかのように自然に口にした。そして、葵に向かって軽く片眉を上げる。それが彼の癖だ。その仕草一つで、場の空気が彼のものになる。
「あ、蓮! うん、だって美味しいんだもん。蓮も飲む?」
葵が屈託のない笑顔を向ける。僕が一度でも向けられたら、その場でリセット・タイムを迎えても構わないとさえ思える、純度百パーセントの好意的な笑顔。 僕の足は、地面に縫い付けられたように動かない。オペレーション・猪突猛進は、開始わずか一秒で敵性存在とのエンカウントにより頓挫した。なんということだ。これはもう、バグとか仕様とかいうレベルの問題ではない。世界の、いや、物語の構造そのものが、僕という主人公を徹底的に排除しようとしているのではないか?
「なんだあいつは? 僕の人生という名の駄作において、なぜラスボス級のキャラクターがこんな序盤に、しかもノーヒントで登場するんだ? これは運命の悪戯か? いや、悪戯にしては悪質すぎる。これはもはや、運命からの明確な殺意ではないのか? 僕が何かを選択する以前に、選択肢そのものを奪い去る絶対的な存在。それが、黒崎蓮。彼の存在そのものが、僕の『コレジャナイ人生』を肯定し、補強し、完成させてしまう。ああ、なんてことだ。僕は彼に勝てるのか? いや、そもそも、同じ土俵に立つことすら許されているのだろうか?」
心の中の言葉遊びが、もはやただの悲鳴に変わっていく。僕のぎこちなさとは対照的な、蓮の圧倒的なコミュ力と行動力。それは、僕が何度ループを繰り返しても決して手に入れられない、天賦の才能。焦りが、絶望という名の黒いインクのように、僕の心を染め上げていく。 僕は静かに踵を返し、その場を去った。ポケットの中の「過去の選択メモ」に、震える手で新たな項目を書き加える。
『障害(バグ)、黒崎蓮。対策、不明』と。
僕の孤独な戦いに、新たな、そしてあまりにも巨大な壁が立ちはだかった瞬間だった。
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