2話 初恋やり直し作戦、ぎこちなく始動

ループ能力。それは僕、桜木悠真にとって、神が与えたもうた人生という名のクソゲーにおける、唯一にして最強のチートコードだった。高校時代の告白失敗以来、灰色のフィルター越しに世界を眺めるような「コレジャナイ人生」を送ってきた僕に、突如として実装されたセーブ&ロード機能。これを使えば、あの日の選択を、いや、白石葵との関係性そのものを、理想の形に上書き保存できるのではないか。

「そうだ、これはチャンスだ。神様だか運命だか、あるいは僕自身の潜在意識が生み出したバグだかは知らないが、この好機を逃す手はない。初恋をやり直す。そして僕の『コレジャナイ人生』を、完璧な『コレダ!人生』へとデバッグしてやる!」

興奮と戸惑いが交錯する心境は、さながら安全バーが外れた状態のジェットコースターだ。いや、そもそもシートベルトすら着用していなかったかのような、根源的な不安と期待がないまぜになった無重力感。僕は早速、この壮大なる「初恋やり直し作戦」の第一歩を踏み出すべく、大学のキャンパスという名の戦場へと赴いた。

最初のエンカウントは、講義棟へ続く渡り廊下だった。友人たちと談笑しながら歩いてくる、太陽をそのまま人の形にしたような存在、白石葵。その笑顔は、僕のモノクロームな世界に暴力的なまでの色彩を叩きつけてくる。今だ。声をかけるんだ。練習したじゃないか、「やあ白石さん、いい天気だね」と。しかし、僕の口から漏れ出たのは、声にならない空気の塊だけ。緊張でこわばる喉。無意識に口元に伸びる僕の右手。葵は僕の存在に気づくこともなく、楽しげな笑い声を春風に乗せて通り過ぎていく。甘酸っぱい、というにはあまりに苦い初陣だった。

次なる舞台は図書館。書架の間で、彼女は背伸びをしながら目的の本を探していた。完璧なシチュエーションじゃないか。「何か探してる? 手伝おうか?」――何と自然で、何と親切な響きだろう。だが、僕の脳内では別の思考が暴走を始める。「待て、もし彼女が探しているのが難解な哲学書だったら? 僕に知識がないことがバレて、軽薄な男だと思われるのでは? あるいは、恋愛小説だったら? それはそれで、どう反応するのが正解なんだ?」思考の迷宮に囚われている間に、彼女は目的の本を見つけ、軽やかな足取りで去っていった。僕はただ、論理パズルのコーナーで、解けもしない問題集を睨みつけることしかできなかった。

そして、運命のカフェテリア。カウンターに並ぶ彼女の姿を発見した僕は、今日三度目の正直を心に誓う。彼女が指さしているのは、新作のフルーツサンド。知っている。この情報を、僕は過去のループで入手済みだ。「次こそは『完璧なアプローチ』をキメてみせる!」僕は震える足に活を入れ、一歩、また一歩とカウンターに近づく。しかし、彼女の横顔を視界に捉えた瞬間、全身が鉛のように固まる。心臓の音が、カフェテリアの喧騒を打ち消すほど大きく響く。 「こ、これじゃあ、何の攻略にもなっていな…い」 心の中の独り言が、か細い息となって口から漏れそうになるのを必死でこらえる。結局、彼女がフルーツサンドを受け取り、席についてしまうまで、僕はその場を動けなかった。僕の純情さは、ひたむきさというより、もはや行動不全のバグに近い。呆然と立ち尽くす僕の耳に、無慈悲な声が届いた。 「あ、葵じゃん! そのフルーツサンドどう?」 ごく自然に、ごく軽やかに、別の男子学生が彼女のテーブルに声をかけている。葵は少し驚いたように顔を上げ、声が一段高くなる。「おいしいよ! クリームが絶妙なの!」その笑顔は、僕に向けられるはずだったかもしれない光。僕は、敗残兵のようにその場を後にした。

自席に戻り、僕は父親からもらった古びた万年筆で、「過去の選択メモ」に今日の戦績を書き記す。『敗因:行動力の欠如。思考の無限ループ。次回ループにおける改善点:思考する前に、まず口を開くこと』。無垢な心だけでは、この恋という名の高難易度クエストはクリアできないらしい。だが、僕はまだ諦めない。このぎこちない一歩も、壮大な攻略の序章に過ぎないのだから。

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