12話 最後の筆跡、最初の一歩

僕の部屋は、敗残兵の野営地さながらの様相を呈していた。床に散乱し、積み上げられ、もはや地層と化した「過去の選択メモ」の山。それは僕という名の愚者が、存在しない聖杯を求めて掘り進んだ、無意味で、しかし壮絶な試行錯誤の地層だった。一枚一枚が、僕の優柔不断さと、気弱さと、そして「完璧な攻略法」という名の妄執に取り憑かれた、滑稽なまでの失敗の記録だ。

僕はその地層の頂に、まるで玉座のように腰を下ろしていた。静寂の中、手に取ったのは、父親から譲り受けた古びた万年筆。ずしりとした重みが、いつも僕の空回りする思考に確かな輪郭を与えてくれる、唯一無二の相棒だ。キャップを外し、新品のノート、これが最後になると信じる「過去の選択メモ」の最終ページを開く。

「『最後』とは、いったい何を意味するのだろうな。物語の終焉か、それとも新たな物語の序章か。このループという円環、終わりなき円周率のように僕を縛り付けてきた時間の牢獄を断ち切るための、最後の、そして最初の一撃か。ああ、そうだ。これは終わりじゃない。始まりだ。僕が僕の『コレジャナイ人生』に終止符を打ち、僕自身の手で選択する、『コレダ!人生』の、記念すべき第一歩なんだ」

独り言が、誰もいない部屋に虚しく響く。だが、その声に震えはなかった。万年筆のペン先が、吸い込まれるように白い紙の上を滑る。インクが、決意の形となって染み渡っていく。

『これが、最後のループだ』

その力強い筆跡には、もはや過去の僕が抱えていた優柔不断な影は微塵もなかった。ただ、ひたむきで、どうしようもなく純粋な想いだけが、そこには凝縮されていた。

ふと、視線が机の片隅へと移る。そこに置かれていたのは、高校時代、白石葵がこっそり僕にくれた、手作りの小さなマスコット。色褪せ、少しほつれたそれは、僕の初恋の象徴であり、同時に、あの告白失敗という「トラウマの謎」の原点でもあった。

そっと拾い上げ、手のひらで包み込む。温かい。何度も何度も、このマスコットを握りしめては、後悔と自己嫌悪に苛まれてきた。蓮の完璧なまでの存在感に打ちのめされるたび、巡の謎めいた言葉に翻弄されるたび、拓哉のコミカルな助言にさえ救いを求めていた弱い僕の、これは敗北の証だったはずだ。

だが、今は違う。この温もりは、僕を過去に引き戻す鎖じゃない。未来を照らす、ささやかな灯火だ。僕を導く、羅針盤なんだ。

「葵。僕は、とんでもない勘違いをしていたらしい。このループ能力は、人生のバグを修正するためのデバッグツールなんかじゃなかった。お前へのアプローチを最適化するための、恋愛シミュレーターでもなかった。きっと、この能力は……いや、この機会は、僕が僕自身の弱さと向き合い、僕が本当に伝えたかったはずの、たった一つの純粋な想いにたどり着くための、長すぎた助走だったんだ」

もう、情報収集も、計算も、シミュレーションも、要らない。完璧なタイミングも、気の利いた台詞も、用意周到なサプライズも、すべては虚像だ。僕が追い求めていた完璧な解答用紙は、最初から白紙だった。いや、問題文すら、僕自身が書かなければならなかったんだ。

手のひらの中のマスコットを、もう一度強く握りしめる。甘酸っぱい初恋の記憶が、痛みではなく、確かな力となって胸を満たしていく。

そうだ。必要なのは、この純粋な想いだけだ。それだけでいい。

それだけでなくては、ならない。

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