11話 コレジャナイ告白の解剖

僕の六畳間は、思考の墓場と化していた。いや、墓場というよりは、失敗という名の死体が無数に転がる古戦場と言った方が的確か。床一面に散らばる紙片、紙片、紙片。その一枚一枚が、僕、桜木悠真の「コレジャナイ人生」をデバッグしようと試みた、哀れで滑稽な試行錯誤の残骸だ。大学ノートにして数十冊分。父親からもらった古びた万年筆のインクを、一体何本空にしただろう。

僕はその紙の海の中、まるで遭難した船乗りのように座り込んでいる。一枚、手に取ってみる。走り書きされた文字が、過去の僕の愚かさを雄弁に物語っていた。『ループ74回目:白石葵がカフェで新作スイーツを頼む確率92%。『美味しそうだね』と話しかけるタイミングは、彼女が一口目を食べ、僅かに頬を緩めた0.5秒後が最適解。ただし、緊張による口元の引き攣りを加味すると成功率は18%まで低下』。

ああ、馬鹿馬鹿しい。何という愚かな分析、何という無意味な最適化。僕は恋愛をなんだと思っていたんだ。論理パズルか? 推理小説か? 正しい手順を踏めば必ず解ける、そんな甘っちょろいゲームだとでも?

「……ああ、何と滑稽な喜劇だ。僕の人生のバグ、その最たるものは、このループ能力なんかじゃない。この、僕自身の脳内にあったとは。西尾維新も顔負けの、壮大なる自己完結型メタフィクション。作者は僕で、読者も僕。だが、この物語をこれ以上、陳腐な悲劇で終わらせるには、いささか僕の執念が、いや、白石葵へのこの純情が、強すぎるんだ」

独り言が、埃っぽい空気に溶けていく。僕はゆっくりと立ち上がり、足元に広がる記録の地層を見渡した。完璧なアプローチ、完璧な会話、完璧な偶然。僕は「完璧」という名の妄執に取り憑かれていた。このループ能力は、僕に無限の試行回数を与えてくれたが、それは同時に、無限に間違え続ける権利を与えられただけだったのかもしれない。人生は選択の連続であり、正しい選択をすれば正しい結果が伴うはずだ。その信念だけを支えに、僕は暗闇の中を走り続けてきた。だが、違った。そもそも、用意された選択肢の中から正解を選ぶ、という発想そのものが、根本的なエラーだったのだ。

僕は目を閉じる。脳裏にフラッシュバックするのは、この全ての元凶。僕の「コレジャナイ人生」の原点である、高校時代のあの日の光景だ。夕暮れの教室、西日でオレンジ色に染まる机、窓の外から聞こえる吹奏楽部の練習の音色。そして、僕の拙い言葉に、困惑した表情を浮かべる白石葵の顔。

今ならわかる。あの時の僕は、彼女の顔なんて見ていなかった。彼女の瞳に映る、告白という一世一代のイベントに緊張し、失敗を恐れ、承認を渇望する惨めな自分自身しか見ていなかった。僕が放った「好きだ」という言葉は、彼女に向けた純粋な想いの告白なんかじゃない。それは、僕の自己満足を満たすための、一方的な言葉の暴力だった。僕が欲しかったのは、彼女の気持ちじゃなかった。「白石葵に告白し、OKをもらえた自分」という結果が欲しかっただけだ。だから彼女は困惑したのだ。僕の言葉に、ひたむきさや純情さはあっても、彼女への配慮や敬意が、決定的に欠けていたから。

そうだ、僕は間違えていた。ずっと、根本から。僕が修正すべきだったのは、アプローチの言葉やタイミングじゃない。白石葵という人間を前にして、自分本位な欲望で曇った、この僕自身の心だったんだ。

目を開けると、西日が部屋の奥まで差し込み、散乱した紙片を黄金色に照らし出していた。それはまるで、僕の無数の失敗が、ようやく一つの真実へと昇華されたかのような光景だった。僕は床に膝をつき、散らかったメモを一枚一枚、丁寧に拾い集め始める。これはもう、失敗の記録じゃない。僕が僕自身を理解するための、唯一無二の軌跡だ。この膨大な「コレジャナイ」の積み重ねの果てにこそ、たった一つの「コレダ!」があるはずだ。

もう、ループ能力に頼るのはやめよう。情報収集も、計算も、シミュレーションも、もう要らない。必要なのは、この痛みと後悔の果てにようやく手に入れた、たった一つの、ありのままの想いだけだ。

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