3話 ノイズの奔流

鋼鉄の雨が降り注ぐ。204X年、AI「オメガ」の最適化によって静謐を保っていたはずの都市は、今や断末魔の叫びを上げていた。アスファルトを抉るレーザー、ガラスを粉砕する衝撃波。未来から送り込まれた未確認ドローンは、既存のどの兵器とも次元が違った。滑らかで有機的な曲線を描く黒曜の機体は、予測パターンを嘲笑うかのように、国防学園の生徒たちが築いた防衛線をいとも容易く蹂躙していく。

「クソッ、予測が追いつかねえ!」

瓦礫の陰から、リョウの焦燥に満ちた声が通信回線に響く。彼のハッキング能力をもってしても、敵機のアルゴリズムは解読不能だった。

「ハヤト、前に出過ぎよ! 下がりなさい!」

隣のビルの屋上から、ミオが精密射撃で援護しながら叫ぶ。彼女の放つ弾丸は正確にドローンの装甲を捉えるが、硬質な音を立てて弾かれるばかりで、決定的なダメージには至らない。

ハヤトは自動小銃を構え、必死に敵の動きを追っていた。平凡な日常。仲間と交わす他愛もない会話。そんな当たり前だったはずの風景が、この金属の捕食者の前では脆くも崩れ去っていく。仲間を守りたい。その一心で引き金を引くが、銃弾は虚しく空を切る。直情的になりやすい彼の気質が、焦りを増幅させていた。

その時だった。ドローンの機体中央部が開き、凝縮されたエネルギーが紅蓮の輝きを放った。回避が間に合わない。ミオの息を呑む気配が、風の音に混じって聞こえた。死が、光の槍となってハヤトの眼前に迫る。

刹那、世界から音が消えた。

ハヤトの視界が、青と赤の幾何学的な光の線で埋め尽くされる。それは暴力的なまでの情報の奔流。網膜に直接焼き付けられるかのように、無数のデータが瞬いた。敵ドローンの内部構造、エネルギー経路、装甲の最も脆弱な接合部、そして、コンマ数秒後のレーザーの射線と、それを回避するための最適ルート。それは、常人には決して見ることのできない、世界の裏側に流れる「ノイズ」だった。

「――ッ!」

声にならない叫びと共に、ハヤトの身体は思考よりも速く動いていた。まるで予め筋書きを知っていたかのように、最小限の動きでレーザーを回避する。熱線が彼の頬を掠め、背後のコンクリート壁を爆砕させた。しかし、ハヤトは止まらない。ノイズが示す未来予測に従い、卓越した反射神経が肉体を限界まで駆動させる。彼は破壊された車両を踏み台に跳躍し、予測されていたドローンの死角へと滑り込んだ。

反撃の一射。銃弾は、ノイズが示した装甲の継ぎ目に吸い込まれるように命中した。火花が散り、ドローンの動きが僅かに乱れる。だが、致命傷には程遠い。未確認ドローンは、まるで興味を失ったかのように静かに高度を上げると、破壊し尽くされた街を後に、夜の闇へと消えていった。

静寂が戻った戦場に、ハヤトは呆然と立ち尽くす。右手に握られた自動小銃の冷たさだけが、現実感を繋ぎ止めていた。

「ハヤト! 大丈夫か!」

リョウが駆け寄り、ミオが屋上から降りてくる。二人の心配そうな顔を見ても、ハヤトの心は晴れなかった。

「……ああ」

かろうじて絞り出した声は、自分のものではないように乾いていた。彼は自分の掌を見つめる。あの奔流のようなノイズの感覚は、まだ網膜の裏に焼き付いている。あれは一体何だったのか。

この瞬間、ハヤトの中で何かが決定的に変わってしまった。ごく平凡な青年であったはずの自分。AIが管理する世界の秩序を、疑いながらも受け入れていた日常。そのすべてが、偽りの上に成り立つ砂上の楼閣であったかのような感覚が、彼の全身を支配していた。これは覚醒などではない。世界から、仲間から、そして自分自身から切り離されていくような、底知れない孤独感の始まりだった。封印されていた世界の真実が、彼の魂にその禍々しい姿を垣間見せたのだ。

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