第2話 未知の侵入者
204X年、セントラルAI「オメガ」によって最適化された都市の午後は、ガラス細工のように静かで、そして脆かった。国防学園のシミュレーション訓練を終えたハヤト、ミオ、リョウの三人は、校舎の屋上で風に吹かれていた。眼下に広がる整然とした街並みは、AIの完璧な管理の証左であり、同時に巨大な鳥籠のようにも見えた。
「今日のシミュレーター、新手のロジックが組まれてたな。おかげで俺のスコアはガタ落ちだ」
リョウがタブレットを弄りながら、飄々とした口調でぼやく。彼の指先はサイバープレーンの裏道を探るように、複雑なログデータを軽やかにスクロールさせていた。
「あなたの場合は、セオリーを無視して裏技ばかり試すからでしょう。貢献度スコアに響いても知らないわよ」
ミオが冷静に言い放つ。彼女の視線は、遠くのビル群の稜線を正確に捉えていた。精密射撃の名手である彼女の目は、常に最適な射線と標的の脆弱性を見出そうとする癖があった。
ハヤトは二人の会話を背中で聞きながら、空を見上げていた。管理された平和。それは疑いようのない事実だったが、その平穏が、まるで薄氷の上にあるかのような感覚が拭えない。ごく平凡な日常。仲間との何気ない時間。失いたくないと強く思うほど、その輪郭は儚く揺らぐ。
その時だった。
都市の空気を切り裂くように、甲高い警報音が鳴り響いた。それは日常的に響くレベル3や4の侵攻警報ではない。全ての音を圧殺し、鼓膜を直接揺さぶる最高レベルの赤色警報。AI「オメガ」が予測する最大級の脅威を示す不協和音だった。
「なんだ、これは……!?」
ハヤトが叫ぶ。眼下の都市では、ホログラム広告が瞬時に消え、緊急避難経路を示す赤いラインが地面を走り始めた。市民の悲鳴が、風に乗って微かに聞こえてくる。
「ドローン群、セクター・ガンマより侵入! 数、およそ三百! 全隊員は直ちに迎撃態勢に入れ!」
ヘルメットの内部通信が、教官の切迫した声を叩きつける。だが、リョウの顔色は蒼白だった。
「三百どころじゃない……計測不能だ! それに、なんだこのパターンは……オメガのデータベースに合致する個体が一体もいない!」
次の瞬間、空が黒く染まった。無数のドローンが、蝗の群れのように都市上空を覆い尽くす。だが、その中で明らかに異質な存在がいた。編隊から大きく外れ、ありえないほどの高速で低空を突き進む、一機の流線形のドローン。
「未確認機だ! 他のドローンは陽動か!」
ミオがライフルを構えながら叫ぶ。その言葉通り、未確認ドローンは迎撃ドローンのレーザーを紙一重で回避しながら、一直線に市街地の中心部へと突っ込んでいく。その動きは、最適化されたAIのそれとは異質だった。まるで、獲物を狩る獣のような、獰猛な「意志」を感じさせた。
「あいつを止めろ! 市民の避難が間に合わない!」
ハヤトは自動小銃を握りしめ、屋上から飛び降りるように階段を駆け下りた。破壊。殺傷。無機質な鋼鉄の塊が、人間が築いた日常を蹂躙していく。アスファルトが抉られ、ビルの壁面が爆散し、ガラスの破片が絶望の雨のように降り注ぐ。
ハヤトたちの部隊は、未確認ドローンが侵入した商業ビルのフロアで対峙した。静まり返ったフロアに、ドローンの不気味な駆動音だけが響く。
「ハヤト、正面から突っ込むな! そいつは今までの奴らとは違う!」
ミオが遮蔽物の陰から警告する。だが、敵は彼らの思考を先読みするかのように動いた。壁を蹴り、天井を走り、予測不能な三次元機動で襲いかかってくる。激しいガンアクションが展開されるが、ハヤトたちが放つ弾丸は、その堅牢な装甲に虚しく弾かれた。
「クソッ、なんて硬さだ!」
ハヤトは咄嗟に身を翻し、柱の陰に隠れる。直後、彼がいた場所をプラズマ弾が焼き尽くした。卓越した反射神経が、またしても彼の命を救った。しかし、それは焼け石に水だった。
「通信を解析してるが、暗号化レベルが違いすぎる! オメガですら、こいつの行動原理を予測できていない! これは……これは未来のテクノロジーじゃない。まるで、異世界の何かだ!」
リョウの悲鳴にも似た報告が、彼らの劣勢を裏付ける。この戦いは、国防という義務ではない。理解不能な暴力に対する、ただただ生々しい生存闘争だった。
ドローンは突如、攻撃を停止し、その複合センサーをハヤトに向けた。そして、人間には聞き取れない高周波を発しながら、攻撃を仕掛けるべく、猛然と突進してきた。圧倒的な質量と速度が、絶望となって彼らに迫る。
← 横にスクロールして読み進められます
