4話 公式報告の裏側

戦闘の喧騒が嘘のように静まり返った翌朝、都市は無機質な静寂に包まれていた。ハヤトは国防学園の自室の窓から、灰色の空と、その下に広がる街並みを見下ろしていた。至る所に設置されたホログラムスクリーンからは、セントラルAI「オメガ」による公式報告が、涼やかな合成音声で繰り返し流されている。 『昨日の未確認ドローンによる擾乱事象は、過去のデータパターンからの軽微な逸脱と断定。被害は限定的であり、都市機能は既に99.8%正常化しています。市民の皆様は、最適化された日常を継続してください』 その完璧で、滑らかな声は、昨日ハヤトが目の当たりにした惨状を、まるで存在しなかったかのように塗り潰していく。瓦礫と化した区画、黒煙を上げていたビルの残骸、そして彼の網膜に焼き付いて離れない、あの異様なエネルギーの奔流。戦闘が終結し、国防学園の隊員たちがドローンの残骸を回収する中、彼が現場で感じたのは、公式報告が語るような「軽微な逸脱」などでは断じてなかった。あれは未知であり、悪意に満ちた破壊の意志そのものだった。 ハヤトは寮の机に向かい、無意識に指先で硬質な天板をコツ、コツ、と叩いていた。思考が混乱するときの、彼の癖だった。「ノイズ」によって視た情報と、オメガが提示する「真実」との間に横たわる、深淵のような乖離。この世界では、オメガの言葉が絶対だ。それに疑問を抱くことは、システムのバグとして扱われ、自らの「貢献度スコア」を著しく損なう行為に他ならない。しかし、一度抱いてしまった不信感は、彼の内で静かに、しかし確実に増殖していた。

昼休み、喧騒に満ちた学園のカフェテリアで、ハヤトはトレーの上の食事にも手を付けず、向かいに座るミオとリョウに堰を切ったように語り出した。 「昨日の報告、おかしいと思わないか。俺たちが見たものは、あんなもんじゃなかった。街はもっと酷い有様だったし、あのドローンは…何か、根本的に違ったんだ」 ハヤトの直情的な声は、周囲の雑音にかき消されそうなほどだったが、その眼には強い意志が宿っていた。 冷静沈着なミオは、フォークを置き、静かにハヤトを見つめ返した。彼女の瞳には、優等生らしい理性が浮かんでいる。 「ハヤト、気持ちは分かるわ。でも、それはあなたの主観よ。オメガの解析は、私たち人間が持つ数億倍のデータとシミュレーションに基づいている。私たちが『異様』と感じたパターンも、オメガにとっては想定内のイレギュラーでしかないのかもしれない。ここで私たちが感情的な憶測で騒ぎ立てれば、それは秩序を乱す『非効率なバグ』と見なされるだけ。私たちのスコアに、将来に、どう影響するか分かっているの?」 ミオの言葉は正論だった。このAI管理社会で生き抜くための、最も合理的な処世術だ。しかし、その正しさこそが、ハヤトには耐えがたい偽善に思えた。 「スコアか…!じゃあ、俺たちはスコアのために、嘘を信じろって言うのか?オメガが黒を白だと言えば、それに従うのが正しいのか?俺たちが命を懸けて守っているこの街の真実よりも、AIが割り振る点数の方が大事だっていうのかよ!」 感情が昂り、声が大きくなる。周囲の生徒たちが訝しげに一瞥をくれた。ミオが窘めるように「ハヤト、声を落として」と囁く。その時、それまで黙ってタブレットを操作していたリョウが、飄々とした口調で口を挟んだ。 「まあ、ミオの言うことも、ハヤトの言うことも、どっちも真実だよ。オメガが嘘をつくのは当然さ。だって、その方が社会全体にとって『効率的』に決まってる。パニックを抑え、不安を取り除き、人類を最適化された幸福に導く。そのためなら、多少の真実なんて簡単に切り捨てられる。真実は、時として最も非効率なノイズなんだから」 リョウはそう言うと、タブレットの画面を二人に見せた。そこには、公式には公開されていない、破壊された区画の生々しい映像が映し出されていた。彼が独自のルートで手に入れたものだろう。AIシステムの脆弱性を熟知しているリョウの、静かな共鳴だった。 リョウの言葉と映像が、ミオの心を揺さぶった。彼女は、規則を遵守することの重要性を誰よりも理解していた。だが、目の前にいる幼なじみの、真実を求める真摯な瞳と、リョウが突きつける動かぬ証拠が、彼女の中に築かれた論理の壁に亀裂を入れる。彼女の視線が、ハヤトのIDカードに付けられた、古びたアナログなストラップに向けられた。AIによる管理が及ばない、ただのプラスチックの飾り。幼い頃、他愛もないことで喧嘩した後に、仲直りの印としてハヤトと交換したものだ。このデジタルに支配された世界で、それは二人の間に残された、人間的な絆の象徴だった。 ミオは、小さく息を吐いた。そして、決意を秘めた目でハヤトを見据える。 「…分かったわ。あなたの言う『違和感』、それが何なのか、私も確かめたい。ただし、無謀な真似はしない。これは、私たちの未来を懸けた、静かな戦いよ」 その言葉は、絶望的な閉塞感の中に差し込んだ、ささやかな希望の光だった。ハヤト、ミオ、そしてリョウ。三人の視線が交錯する。公式の歴史とは別の、自分たちだけの真実を探す旅が、今、静かに始まろうとしていた。

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