第1話 色を失ったレキシコン
# 第1幕 喪失と言葉の残響 ## エピソード1 色を失ったレキシコン
蛍光灯が放つ白々しい光が、静寂を支配していた。出版社「言の葉社」の校閲部。そこは、言葉が生まれ、そして殺される場所だ。インクと古紙の匂いが混じり合う空気の中、相馬巧(そうま たくみ)はゲラ刷りの山に埋もれていた。彼の世界は、黒い文字と白い紙、そして修正を命じる赤いインクだけで構成された、完全なモノクロームだった。
手元の原稿は、人気インフルエンサーによるエッセイ集だ。『マジぴえんからのワンチャン起業術』。タイトルだけで、相馬は指先の万年筆のインク残量を過剰に気にし始める。彼の長年の癖だった。
「……なるほど。『エモい』という言葉が三行に四回。感情表現の語彙がエモいほど貧しいな」
誰に聞かせるでもない独り言が、乾いた唇からこぼれる。彼の隣の席で、後輩がキーボードを叩く音だけが、相槌のように返ってくる。
かつては信じていた。言葉は世界を構築し、人を救い、真実を照らし出す光だと。若手の頃、自分が校閲した無名の作家の小説が文学賞を受賞した日、彼は夜通し酒を飲み、言葉の持つ無限の力に打ち震えた。だが、今やその情熱は、すり減った万年筆のペン先のように摩耗しきっている。
きっかけは、五年前の事件だ。社が期待を寄せていた若手作家・水上蓮が、この言の葉社のビルから身を投げた。会社は「過労による鬱」と発表し、世間もそれを疑わなかった。だが、相馬は知っていた。彼女の死の裏には、もっと粘着質で悪意に満ちた「言葉」によるリンチがあったことを。匿名で増殖するデマ、心無い批評、それらが彼を追い詰めたのだ。真実を覆い隠すために使われた「過労」という便利な言葉。その空虚さが、相馬の世界から色彩を奪った。
「言葉なんて、所詮は記号の羅列だ。意味なんてものは、後から人間が勝手に着せているだけの、安っぽい衣装にすぎん」
そう呟きながら、彼は赤ペンを手に取る。
『私の人生、マジ卍だったけど……』
「……『卍』。いったい何なんだ、これは。象形文字か? 仏教への冒涜か? それとも単なる思考停止の記号か」
彼の独白は、もはや皮肉というより、解剖学者が死体に向かって語りかけるような、無機質な響きを帯びていた。言葉の意味を問うこと自体が、不毛なのだ。意味など、ないのだから。そう自分に言い聞かせながら、彼はただ機械的に、てにをはの誤りや誤字を修正していく。それが今の彼の仕事であり、存在意義のすべてだった。
休憩時間になり、相馬は自販機で買ったブラックコーヒーを片手に、窓際の休憩スペースで新聞を広げた。社会面の硬質な活字が、幾分、彼の神経を落ち着かせる。だが、その平穏も長くは続かない。無意識のうちに、ポケットから取り出した赤ペンが紙の上を滑り始めていた。
『……期待が寄せられる』。受け身の表現が冗長だ。『期待する』でいい。 『……様々な憶測を呼んでいる』。これもそうだ。『憶測が飛び交う』で十分だろう。
誰に頼まれたわけでもないのに、彼の目は血眼になって言葉の綻びを探し、ペン先は容赦なく赤線を引いていく。それは、彼に残された唯一の職業的矜持であり、言葉への未練であり、そして、言葉の正確さだけが真実だと信じたい、悲痛な祈りのような行為だった。
言葉の意味は信じない。だが、その正しさには執着する。この矛盾こそが、相馬巧という人間の本質だった。灰色の紙面に引かれた幾筋もの赤い線。モノクロームの世界で、その赤だけがやけに生々しく、まるで流れる血のように、彼の目に焼き付いていた。
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