第2話 吉祥寺の偶然
半年が過ぎた。 私は変わった。いや、変わらざるを得なかった。誠司の逮捕から二週間後に届いた手紙には、「君とはもう会えない」とだけ書いてあった。そのあとは音信不通。彼の仲間の一人から聞いた話では、活動はますます過激になっているらしい。 京都の寮で、私は毎晩ゲーンズブールのレコードを聴いていた。『ラ・シャンソン・ド・プレヴェール』の憂鬱なメロディーが、私の心境にぴったりだった。愛なんて所詮、自分勝手な物語。サガンの小説のヒロインたちのように、私も恋愛に対して皮肉な達観を身につけたつもりだった。 でも時々、夜中に目が覚めて、誠司のことを考えてしまう。彼は今どこにいるのか。まだ私のことを覚えているのか。そんな自分が嫌だった。 十二月の寒い夜、また誠司から手紙が届いた。今度は東京の消印だった。 「陽子、東京に戻ることにした。もう会うことはないと思う。君の幸せを祈っている。誠司」 短い文面だった。でも私には、それが最後の別れの言葉だとわかった。 翌朝、私は夜行列車の切符を買った。 『銀河』の三等寝台に横になりながら、私は車窓を流れる夜景を眺めていた。この国はどこへ向かっているのだろう。万博は終わったけれど、私たちの世代には何が残されたのだろう。 東京駅に着いたのは朝の六時だった。十二月の東京は冷たく、空気が頬を刺した。私は一人で改札を出た。実家に帰るつもりはなかった。誠司を探すために来たのだ。 吉祥寺に向かった。彼が早稲田にいた頃の下宿があった街。もしかしたら、まだそこにいるかもしれない。もしくは、足跡くらいは見つかるかもしれない。 商店街を歩きながら、私は誠司のことを思い出していた。学生時代の彼を知る人たちに聞いて回った。古本屋の店主、喫茶店のマスター、下宿の大家さん。みんな彼のことを覚えていた。 「誠司くんなら、つい最近も顔を見せたよ」と古本屋の主人が言った。「相変わらず難しい本ばかり買っていったけどね。カミュとか、実存主義の本とか」 私の心臓が跳ねた。彼はまだこの街にいる。 夕方になって、私は疲れて小さな写真館の前のベンチに座った。古い看板には「戦後社会記録写真展示中」と書かれていた。ただ休憩するつもりで中に入った。 薄暗い店内に、モノクロの写真がずらりと並んでいた。昭和二十年代から三十年代にかけての社会的事件の記録、復興していく街の様子、でも同時に残り続ける傷跡。私は一枚一枚を眺めていた。 「お嬢さん、何かお探しで?」 老人の声に振り返ると、店主らしい人が立っていた。白髪で背中が少し曲がっているが、目は優しかった。 「いえ、ただ見せていただいているだけです」 「この写真展は私が企画したんです」彼は言った。「戦争は昭和二十年に終わったと皆さんおっしゃるが、その後も戦争の余波とも言える形で、色々な不幸が起きている。それを忘れてはいけないと思うんです」 私は頷いた。壁には様々な事件の記録が展示されていた。米軍基地での事故、裁判の様子、抗議デモの写真。 「これなんかも痛ましい事件でした」店主が一つの展示コーナーを指した。「群馬銃殺事件。ママサン、ダイジョウビ事件とも呼ばれました。昭和三十二年のことです」 そこには新聞記事と写真が展示されていた。見出しには「米軍兵士、日本人女性を射殺」「『冗談だった』と供述」の文字が躍っていた。 「薬莢拾いをしていた女性を、米軍兵士が撃ち殺したんです。『ママサン、ダイジョウビ』と声をかけてから撃ったそうで。結局、軽い処罰で終わりました」 私は記事を読もうと身を乗り出した。被害者について、そして残された家族について知りたかった。 カラン。 店のドアが開く音がした。私は反射的に振り返った。 誠司が立っていた。 私たちは一瞬、お互いを見つめ合った。時が止まったような感覚だった。彼は痩せていて、頬がこけていた。でも、あの虚無的な美しさは変わらなかった。 「陽子」彼の声は驚いたような、困ったような響きだった。「なぜここに?」 「あなたを探していたの」 店主が私たちの様子を見て、気を利かせて奥に引っ込んだ。私は写真から目を離して誠司の方を向いた。 「君に会うつもりはなかった」誠司は言った。 「でも会えたじゃない。偶然って不思議ね」 店を出ると、外はもう暗くなっていた。街灯が点り始めて、商店街に人の流れが戻ってきていた。 「コーヒーでも飲まない?」私が提案した。 近くの喫茶店に入った。奥の席で向かい合って座ると、ゲーンズブールの『ロー・ア・ラ・ブーシュ』が静かに流れていた。 「まだ活動を続けているの?」私は聞いた。 「ああ」 誠司は黙ってコーヒーを飲んだ。私たちの間に沈黙が流れた。ゲーンズブールの歌声だけが、空間を満たしていた。 「運命なんて、ただの偶然の連続ね」私は呟いた。「でも人間は、偶然を運命と呼びたがる」 「君は変わったな」誠司が言った。 「あなたもよ」 私たちはそれ以上、何も話さなかった。話すことが怖かった。話せば話すほど、お互いの距離が離れていくような気がして。 店を出るとき、誠司が言った。「もう会わない方がいい」 「そうね」私は答えた。 彼は商店街の向こうに消えていった。私は一人でその場に立っていた。 半年前の万博の日と同じように、私はまた一人になった。でも今度は、諦めがあった。愛って、結局すれ違いの美学なのかもしれない。 吉祥寺の駅に向かいながら、私は思った。あの写真館で見かけた群馬の事件。誠司が言っていた、母親の死と優しい家族の記憶。そして私が何となく感じた引っかかり。 でも、もう確かめる術はなかった。真実は、いつも手遅れになってから見つかる。 夜行列車で京都に戻りながら、私は車窓の暗闇を見つめていた。これで本当に終わりなのかもしれない。でも、それでもいい。愛があったことは確かだから。 『ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ』の歌詞が、また頭の中で響いていた。愛してる、いや、愛してない。永遠に答えの出ない問いかけのように。
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