第5話 古いバス通りの回り道

放課後のチャイムが鳴ったあとも、三年二組の教室にはしばらく人が残っていた。

椅子を引く音。鞄のファスナーを閉める音。誰かが机の横で靴紐を結び直し、別の誰かが模試の答えを見せ合っている声。教室の中にはまだ学校の時間が残っていたが、窓の外では、丘を下る風がもう帰宅の時間へ向かっていた。

悠真は自分の机の中から進路希望調査の紙を取り出した。

折れ目のついた白い紙だった。何度も書いては消した跡が、夕方の光に透けている。紙の右上には、提出期限を知らせる赤い数字が印刷されていた。

明日。

その数字を見た瞬間、指先が紙の端を探った。折るつもりはなかったのに、角が内側へ曲がる。

「まだ紙とにらめっこしてんのか」

背後から遥人の声がした。

悠真は紙を伏せ、振り返った。

「紙のほうが俺を見てるんだよ。視線を感じる」

「印刷物に感情移入するな」

「お前だって、昨日かなり握ってたじゃん」

言ってから、悠真は口を閉じた。

遥人は何も言わなかった。いつもなら、「あれは紙が弱かった」とでも返すところだ。代わりに、机の脇に置いた鞄を持ち上げ、肩へ掛けた。制服のポケットには、古い消しゴムと小銭が入っているのか、歩くたびに小さく音がした。

「帰るの?」

「帰る」

「どこへ?」

「家」

「そこを聞いてるんじゃない」

「分かってる」

遥人は顎を引き、視線を窓の外へ逃がした。

悠真は、その仕草を見るたびに、昨日の屋上を思い出した。白い紙を握った指。夕焼けの中でも消えなかった、紙の皺。お前には、まだ言えない、と言ったときの声。

その言葉は、時間が経てば薄くなると思っていた。だが実際には、教室の机や廊下の掲示、昼休みに飲んだ水の味にまで引っかかっていた。

「駅まで行く?」

悠真が聞くと、遥人は少しだけ考えた。

「いつもの道、混んでる」

「じゃあ、遠回りする?」

「どこを」

「古いバス通り。あっちなら、たぶん人が少ない」

「自転車は多い」

「人より自転車のほうが話を聞かないから、気楽だろ」

「自転車に話しかけるなよ」

「聞いてくれるかもしれないじゃん。ベルで返事する」

遥人は笑わなかったが、断りもしなかった。

二人は教室を出た。

階段を下りる途中、窓から風が入り込んできた。掲示板に貼られた進路資料の角が持ち上がり、紙と画鋲の間で細かく震えている。悠真はそこへ目を向けないようにした。見れば、赤い期限がまた身体の中へ入ってくる気がした。

昇降口を出ると、校庭の隅で部活動を終えた生徒たちが輪になっていた。笑い声が上がり、誰かがボールを蹴り損ねて、土の上を転がっていく。二人の横を、自転車に乗った男子が通り過ぎた。

「相沢、また遥人と寄り道?」

「違う。社会科見学」

「何の?」

「高校生がまっすぐ帰れない理由について」

「それ、お前らだけだろ」

男子は笑いながら坂を下っていった。

悠真も笑った。隣を見ると、遥人は笑っていなかった。ただ、口元の端がほんの少しだけ動いたように見えた。

校門を出て、駅とは反対側へ曲がる。

古いバス通りへ続く坂道は、学校から離れるにつれて道幅が狭くなっていく。住宅街の塀と塀の間を、夕方の自転車が何台も抜けていった。背中にランドセルを背負った小学生。買い物袋を前籠に入れた主婦。制服のまま二人乗りをしようとして、通行人に叱られる男子高校生。

道の脇には、昔からある家が並んでいた。瓦の欠けた屋根。植木鉢の中で伸びすぎた草。閉じた雨戸の隙間から、テレビの音が漏れている家もある。

悠真は歩きながら、隣との距離を測っていた。

近すぎれば話しかけなければならない。離れれば、遥人が一人で歩いているように見える。どちらも嫌で、結局、肩が触れない程度の位置を保った。

遥人の歩幅は普段より少し狭かった。

「部活、今日長かった?」

悠真は何気なく聞いた。

「普通」

「顧問、機嫌悪かった?」

「普通」

「普通って便利だな」

「便利だから使ってる」

「俺と同じじゃん」

「一緒にするな」

「そこは一緒でいいだろ」

遥人は前を見たまま歩いた。風が坂を下から吹き上げ、制服の裾を揺らす。悠真の前髪が目にかかり、指で払う。隣では、遥人が制服のポケットへ手を入れていた。

何かを握っているように見えた。

紙だろうか。それとも、家から持ってきた小銭か。聞かなくても分かることと、聞かなければ分からないことの境目が、最近ではひどく曖昧だった。

古いバス停が見えてきた。

錆びた支柱に、行き先と時刻表が貼られている。時刻表の透明なカバーは黄ばんでいて、端に小さな蜘蛛の巣が張っていた。停留所のベンチには、誰かが置き忘れたコンビニの袋があり、風が来るたびに薄いビニールが膨らんでは萎んだ。

遥人は立ち止まり、時刻表を見上げた。

見慣れているはずなのに、まるで初めて読むように、上から順番に目を動かしている。

「この時間、バス来るの?」

「来る」

「何分?」

「あと七分」

「詳しいな」

「この道、よく通るから」

「駅に行くなら逆方向だろ」

「分かってる」

「じゃあ、何で見てるの?」

遥人は時刻表から目を離さなかった。

「時間を確認してるだけ」

「何の時間?」

「バスの時間」

「それは見れば分かる」

「じゃあ、聞くなよ」

返事はいつも通りだった。だが、語尾だけが妙に丁寧だった。悠真には分かった。遥人は話題を拒んでいるのではなく、本題へ続く道を一本ずつ閉じている。角のある言葉を避け、言い切れる範囲だけをきれいに並べている。

悠真は、バス停の隣に立った。

「進路指導室、行ったのか」

遥人は時刻表を見たまま、すぐには答えなかった。

道路を自転車が一台通り過ぎた。後輪が小石を弾き、乾いた音が歩道へ落ちる。

「はい」

「はい?」

「行きました」

「急に面接みたいになるなよ」

「質問されたから、答えただけです」

「何を聞かれた?」

「いろいろです」

「いろいろって何だよ」

「進学か就職か、成績がどうとか、家から通えるかとか、そういうことです」

言葉の角を削りすぎて、どれも同じ形に見えた。

悠真は時刻表を見上げた。数字が小さく並び、夕方の光を受けて黒く沈んでいる。遥人がこの道をよく通る理由を、悠真は知らなかった。バスに乗るためなのか、乗らないためなのか。家へ帰る時間を遅らせるためなのか。

「で、決まった?」

「まだです」

「何か言われた?」

「特にありません」

「特にないって、先生もそんな感じ?」

「佐伯先生は、こちらが話すまで待つ人です」

「なんで敬語なんだよ」

「先生の話をしているからです」

「お前のほうが先生みたいだぞ」

「そうですか」

「そうですか、じゃないんだよ」

遥人は、そこで初めて悠真を見た。

目が合ったのは一瞬だった。すぐに視線が道路の向こうへ逸れる。夕方の光が頬に斜めに落ち、表情の半分を影にしていた。

「俺がどう答えたらいいのか、分からないんだよ」

声が少し低くなった。

「何に」

「何を聞かれても」

「進路のこと?」

「全部。進学したいのか、働きたいのか。将来何がしたいのか。家のことをどう考えているのか。俺は、聞かれたことに答えてるつもりなのに、答えるほど、自分が何も考えてないみたいになる」

悠真は口を挟まなかった。

遥人は時刻表の下に貼られた広告を見ていた。地域の工場で働く人を募集する広告だった。白い紙に、太い青字で「若い力を求む」と書かれている。写真の中では、作業着を着た男が機械の前で笑っていた。

「こういうの、見てるとさ」

遥人は広告の端を指で触れた。

「別に、悪い仕事じゃない。給料もある。家から近い。親父の知り合いがいるなら、入るのも難しくない。何年か働けば、生活も安定する。そういうのを並べられると、反対する理由がなくなる」

「でも、反対したい?」

「分からない」

「またそれか」

「分からないものは、分からない」

声が平らになった。

「分からないままでも決めろって言われるから、分からないと言うこと自体が逃げみたいになる。だから、せめて自分で考えているように見せようとして、余計に言葉が変になる。家では、もっとひどい」

遥人はそこで言葉を止めた。

バス停の屋根を風が叩いた。薄い金属が、ぱたん、ぱたんと鳴る。悠真はその音を聞きながら、続きを待った。

しかし、遥人は何も言わなかった。

「家で、何かあった?」

問いかけた瞬間、遥人の指が時刻表の支柱を二度叩いた。

「別に」

「その二文字、今のお前が言うと、だいたい別にじゃないんだよな」

「では、何かあったということにしておきます」

「だから丁寧すぎるって」

「すみません」

「謝るなよ」

「では、謝らないようにします」

悠真は笑いかけた。だが、喉の奥で止まった。

遥人の口調が整っていくほど、こちらの冗談は届かなくなる。言葉が硬い壁になって、向こう側へ入れない。昨日の屋上でもそうだった。遥人は何かを隠しているというより、言葉にした瞬間に自分まで決めつけられるのを恐れているように見えた。

バスが来る時刻まで、あと三分だった。

道路の向こうで、商店のシャッターが下り始めた。金属の板がレールを擦り、がらがらと大きな音を立てる。店の中から、年配の男が顔を出し、通りを確認してから最後までシャッターを落とした。

音は、路地の奥へ長く響いた。

悠真には、それが何かを終わらせる合図のように聞こえた。

遥人も同じ方向を見ていた。

「閉まるの、早いな」

悠真が言った。

「客が来ないからだろ」

「それだけ?」

「店は、客が来なければ閉めます」

「本当に先生みたいだな」

「そういう話じゃないだろ」

遥人の声に、初めて苛立ちが混じった。

「分かってる」

「お前は、分かってない」

「何が?」

「何でもない」

「それだよ」

悠真の足が止まった。

遥人も二、三歩進んでから止まった。バス停と、閉じた商店と、住宅街へ続く細い路地。その間に、二人の沈黙が置かれた。

「何でもないって言われると、俺は何も聞けなくなる」

悠真は言った。

「聞けば、聞きすぎだって言われる。聞かなければ、何も分かろうとしないって思われる。だから、どうしたらいいか分からない」

遥人は振り返らなかった。

「それは、お前が勝手に困ってるだけだ」

「そうかもしれない」

「俺のことまで、お前が困らなくていい」

「でも、困るんだよ」

「頼んでない」

「頼まれてないから困ってるんだよ」

言葉が口から出たあと、悠真は自分でも驚いた。いつもの軽口ではなかった。声にしたことで、胸の奥にあったものが初めて形を持った。

遥人の背中が固くなる。

「お前が何も言わないから、俺は勝手に考える。家で何かあったのか、進路が決まらないのか、俺のことを嫌になったのか。どれも違うかもしれないのに、考えるしかない。俺は、勝手に決めつけたくない。でも、何も教えてもらえないと、勝手に決めつけるしかなくなる」

遥人はゆっくり振り向いた。

目が合った。

「教えたら、お前はどうする」

「分からない」

「また」

「だって、本当に分からないんだよ。何か正しいことを言えると思ってない。大丈夫とも言えないし、進学しろとも就職しろとも言えない。俺自身が何も決まってないから、お前にだけ決めろって言う資格もない」

遥人は黙っていた。

悠真は、喉の奥の乾きを舌で確かめた。声を出すたびに、そこが擦れて痛かった。

「でも、何も言わないまま離れていくのは嫌だ。お前が家で何を言われてるのか、俺には分からない。分からないけど、何もなかった顔で歩かれると、隣にいる俺までいないみたいになる」

バスのエンジン音が遠くから近づいてきた。

道路の先に、二つの白いライトが見える。夕方の薄暗さの中で、バスは大きな影を引きずりながら坂を上ってきた。

遥人は、バス停の標識を見上げた。

「俺は、家で進路の話をした」

声が、また妙に丁寧になった。

「何日か前に。親は、就職のほうが現実的だと言った。家から近いところで募集があるから、そこを受ければいいと。俺が何をしたいかは、聞かれなかったわけじゃない。でも、聞かれたあとに、生活費とか、通勤時間とか、給料とか、そういう話が続いた。俺が何を言っても、最後には現実の話に戻る」

バスのブレーキ音が、道路に低く響いた。

「だから、家に帰るとき、この道を通る。駅のほうへ行けば早いけど、早く帰ったら、また話をしなきゃいけない。ここならバスを一本見送れる。見送っても、誰も困らない」

「……そういう理由だったのか」

「何が」

「遠回り」

「別に、理由なんて大したものじゃない」

「大したことあるだろ」

「ない。帰る時間を少し遅らせてるだけだ」

バスの扉が開いた。運転手がこちらを見たが、二人が乗らないのを確認すると、扉を閉めた。車体が揺れ、ゆっくりと走り出す。窓の中には、仕事帰りらしい人や買い物袋を抱えた女性が座っていた。誰もこちらを見ていない。

バスは坂を下り、赤いテールランプを残していった。

遥人は、その光を見送った。

「乗らないの?」

悠真が聞いた。

「乗らない」

「何で?」

「次を待つ」

「次も同じ道を走るだろ」

「それでも」

「そっか」

悠真は、遥人の隣に戻った。

さっきよりも距離が近かった。肩が触れるほどではないが、歩き出せば互いの腕がわずかに揺れる範囲だった。

遥人は、まだ本当のことをすべて言ってはいない。悠真にも、それは分かった。家で何があったのか。どこまで親と揉めたのか。なぜ進路届を握りつぶしたのか。言葉の奥には、まだ閉じたままの部屋がある。

それでも、さっきより少しだけ扉が開いていた。

「悠真」

「ん?」

「俺が就職したら、お前はどうする」

「何が?」

「いや。お前は大学とか、そういうところへ行くのかと思ってた」

「俺が?」

「誰とでも話せるし、適当に笑えるし。そういうやつは、どこへ行ってもそれなりにやるだろ」

「褒めてる?」

「たぶん」

「たぶんかよ」

「断言すると責任が出るから」

「お前まで俺みたいなこと言うなよ」

遥人は短く笑った。

けれど、その笑いはすぐにほどけた。

「俺だけ先に働き始めたら、たぶん、お前とは生活が変わる」

「お前が朝から工場で働いて、俺が昼まで寝てるとか?」

「お前は大学でも寝るだろ」

「それは否定できない」

「連絡する時間も合わなくなる。休みも違う。今みたいに、放課後にどこかへ行くこともなくなる」

遥人の声は淡々としていた。

「だから、俺はお前が先に決めるのも嫌だ。お前が大学へ行くなら、俺は置いていかれる。俺が就職したら、お前を置いていく。どっちにしても、今のままではいられない」

悠真は、返事を急がなかった。

自転車が二人の脇を抜けた。ベルが短く鳴り、風が制服の袖を揺らす。遥人の歩く速度が、また少し落ちた。

「今のままじゃなくなるのは、たぶん本当だと思う」

悠真は言った。

「でも、変わることと、終わることは同じじゃないだろ」

「そう言うと思った」

「信用ないな」

「お前はそういうことを言う。言われたほうは、信じたくなる」

悠真は黙った。

「信じて、終わったら?」

「……そのときは、終わった理由を一緒に考える」

「終わってから?」

「終わらないようにするって言うと、嘘っぽいから」

遥人がこちらを見た。

その目には、怒りとも安心ともつかないものが浮かんでいた。悠真はそれを読み取ろうとしたが、途中でやめた。相手の沈黙を勝手に意味づけない。そうしなければ、また自分の都合のいい答えを置いてしまう。

「……そういうところ、ずるい」

遥人が言った。

「どこが?」

「大丈夫って言わないところ」

「言ってほしい?」

「言われたら、たぶん腹が立つ」

「じゃあ、言わない」

「でも、何も言われないのも困る」

「難しいな、お前」

「お前に言われたくない」

二人の間に、短い笑いが落ちた。

今度の笑いは、空気を隠すためのものではなかった。隠しきれないものを抱えたまま、それでも一緒に歩くための、わずかな隙間だった。

坂の下に、古い商店街の灯りが見えてきた。シャッターを下ろした店が増え、開いているのは惣菜屋と薬局、それから小さなクリーニング店だけだった。通りの上に張られた電線が、夕焼けの残りを細く切っている。

悠真は、駅へ向かう分かれ道を見た。

「ここから駅、近いけど」

「うん」

「帰る?」

「帰る」

「真っ直ぐ?」

遥人は少し考えた。

「今日は、真っ直ぐ行く」

その言葉に、悠真は何も返さなかった。

真っ直ぐ帰ることが、進路を決めることと同じではない。家で何かが解決するわけでもない。明日になれば、赤い期限は変わらず二人を待っている。進路届の空欄も、家族の声も、学校の制度も、逃げた先まで追いかけてくる。

それでも、遥人が自分で道を選んだことだけは、悠真にも分かった。

二人は坂を下り続けた。

夕方の自転車が、何台も背後から近づいては追い越していく。住宅の窓に灯りが増え、夕飯の匂いが通りへ滲み出してくる。どこかで鍋の蓋が鳴り、別の家では子どもを呼ぶ声がした。

遥人はもう時刻表を見なかった。

ただ、歩く速度を悠真に合わせていた。

悠真も、無理に話題を探さなかった。沈黙は以前なら、何かで埋めるべき穴だった。今は、二人の間に置いておけるものになりつつあった。

駅前へ続く道の角で、遥人がポケットから紙を取り出した。

進路届ではなかった。小さく折られた相談予約票だった。彼はそれを開き、街灯の下で確認する。紙の端は折れていたが、握りつぶされてはいない。

「これ、進路指導室の予約?」

悠真が聞いた。

遥人は一拍置いた。

「たぶん」

「自分で出したの?」

「紙を箱に入れただけだ」

「それを、出したって言うんだよ」

「まだ、予約が取れたとは限らない」

「でも、入れた」

「入れた」

遥人は紙を折り直した。今度は端を潰さず、折り目を指の腹でなぞった。

「明日、呼ばれたら行く」

「一緒に?」

悠真が聞くと、遥人はすぐに答えなかった。

「……来てもいい」

「許可制なんだ」

「嫌なら来なくていい」

「いや、行く。俺も聞きたいことあるし」

「何を」

「それは、明日考える」

「お前らしいな」

「褒めてる?」

「たぶん」

遥人は、ほんの少し笑った。

駅前の信号が青に変わった。人の流れが動き出し、二人も横断歩道を渡る。向こう側では、バスが停まり、乗客を吐き出している。ドアが開き、閉じ、また開く。そのたびに、帰る人間と帰らない人間が入れ替わっていった。

悠真は、遥人の隣を歩いた。

古いバス通りの回り道は、もう終わりに近づいている。けれど、二人の話は終わっていなかった。言えないことが残り、聞けないことも残っている。明日になれば、また進路届の白さと、赤い期限が二人の前に置かれる。

それでも、さっきまでの沈黙とは少し違っていた。

遥人が何も言わないとき、悠真はもう、すぐに意味を決めようとはしなかった。怒っているのか、逃げているのか、見捨てようとしているのか。そうした答えを急いで置く代わりに、歩幅だけを見る。

遥人は、悠真の隣から離れない。

その歩みは遅く、何度も立ち止まりそうになりながら、それでも駅のほうへ向かっていた。

赤信号がまた点滅を始める。

悠真は、鞄の中の進路希望調査の紙に触れた。指先に当たった紙の角は、少し曲がっている。直そうとして、やめた。

折れたままの紙を持って、二人は夕方の街を歩いていった。遠くでバスのエンジンが唸り、閉店した商店のシャッターが風に震えている。

何かが終わったように聞こえた音のあとにも、道は続いていた。

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