第6話 見返し二枚目

夜の槐書房では、雨の音だけがよく通った。
表通りを走る車の音も、大学の研究室から漏れてくる人声も、濡れたガラス戸の向こうで薄められている。店内に残っているのは、紙をめくる音と、古い木が湿気を吸って軋む音、それから帳場の小さな時計が刻む秒針の音だった。
私は真帆に頼み、台帳、領収書、防犯灯の点灯記録、貸出札の束を帳場の机へ並べさせた。
紙は、ばらばらのままだと弱い。
一枚の領収書は、ただの領収書だ。一行の台帳は、ただの記録にすぎない。貸出札も、防犯灯の時刻も、それだけでは誰かの行動を証明しない。だが、紙の向きと順番を揃え、折り目と筆圧を見比べ、同じ時刻の周囲にあるものを重ねると、そこに人間の動きが現れる。
真帆は机の端へ札を一枚ずつ置き、角を揃えた。
「この札、やっぱり一度抜かれています」
「久瀬の札か」
「はい。戻された位置は一枚ぶん後ろです。でも、札そのものは古い順に並んでいる。つまり、抜いた人は日付を見ていなかったか、見ても順番を戻す必要がないと思ったか」
「あるいは、急いでいた」
「そうですね」
真帆は小さなノートを開いた。彼女の字は、昨日より濃くなっていた。来店時刻、札の番号、防犯灯の点灯時刻。脇には、鉛筆で「推測」と書かれた欄がある。
「久瀬さんの来店から、防犯灯が点くまで五分あります。いつもなら、来店記録とほとんど同じなんです」
「防犯灯の時計が遅れた可能性は」
「あります。でも、遅れたなら、その前後の日もずれるはずです。ずれているのは、久瀬さんが来た木曜だけです」
私は彼女の指先を見た。真帆は数字を追うとき、行頭のずれを無意識に数える。紙そのものに詳しいわけではない。だからこそ、慣れた人間が見落とす「普通からの外れ」を受け取れる。
「五分あれば、何ができる」
「台帳を開く。札を抜く。棚の本を戻す。それから、誰かが帰ったように見せることも」
「久瀬が帰ったように?」
「はい」
真帆はそこで言葉を止めた。
「でも、久瀬さんが自分で帰ったように見せる必要があるなら、久瀬さん本人は帰っていないんですよね」
「そうなる」
「じゃあ、駿さんはもう、久瀬さんが店を出ていないと思っているんですか」
「思っているだけなら、警察には言えない」
「でも、ここでは思っている」
私は答えず、台帳の木曜欄へ目を落とした。
久瀬の退店時刻の数字は薄い。書き直された跡がある。書き直しは、単なる訂正ではない。訂正なら、前の数字を消した理由が残る。だがこの行には、最初からそこにあったように見せようとした薄さがある。筆圧の違う数字が、濃い文字の列へ無理に混ぜられている。
記録が先にずらされ、そのあとで人の動きが合わせられた。
私はその考えを、まだ口にしなかった。
帳場の奥から、真帆が裁断済みのカバーを持ってきた。内側には、細い鉛筆の線が残っている。数字と、紙色を示す短い記号。久瀬の字だった。
「これ、同じ本を調べていたんでしょうか」
「本とは限らない」
「同じ番号を持つ本?」
「同じ番号を、持たされた本だ」
真帆は眉を寄せた。
「番号を持たされると、本の来歴が変わるんですか」
「店の番号、目録の番号、倉庫の番号。どれも本そのものではない。人間が、本を管理するためにつける記号だ。だから記号を書き換えれば、別の本を同じ本に見せられる。逆もできる」
「それは、名前を貼り替えるのと同じですか」
「似ている」
「似ているだけ?」
私はカバーの裏の鉛筆跡を指でなぞった。
「名前は、紙一枚で変わる。だが紙一枚を貼るには、前の紙を剥がさなければならない。剥がした跡は、完全には消えない。糊の境目、繊維の向き、紙の焼け方。見ようとしなければ、見えない程度には隠せる。けれど、見返しを二枚目までめくる人間には分かる」
「久瀬さんは、そこまで見ていた」
「ああ」
彼は本を読む前に見返しを見ていた。ページの内容より、紙の端と綴じの甘さを確かめていた。何を探しているのかと訊いたとき、彼は「名前」と答えた。
その声が、雨の夜の店内でよみがえった。
探しているというより、まだ残っているかを確かめている。
私は、久瀬がここへ通うたび、彼の視線の先だけを覚えていた。何冊抜いたか、どの棚で足を止めたか、どの札を折らずに持ち帰ったか。だが、彼が何を恐れていたのかまでは見ていなかった。
そのことが、喉の奥に小さな骨のように残った。
黒田から電話が入ったのは、夜の九時を過ぎた頃だった。
「相良の倉庫にいる。来られるか」
「何が出た」
「帳簿にない搬出がある。現物と伝票の重さが合わない」
「本か」
「本人は紙束と言っている。だが箱の大きさに対して、軽すぎる」
私は真帆を見ると、彼女はすでに台帳を閉じて立ち上がっていた。
倉庫へ向かう道は、雨上がりの光を細く反射していた。神保町の裏通りには、表通りの明るさからこぼれた看板がいくつも浮かんでいる。濡れたアスファルトには、古い建物の壁と電線と、通り過ぎる人間の影が重なっていた。
真帆は私の半歩後ろを歩いた。小さなノートを胸元へ押さえている。
「駿さん」
「何だ」
「相良さんは、紙束と言いました。でも、紙束なら、どうして本の搬出と同じ記録になるんでしょう」
「同じ場所へ運ばれたからだ」
「つまり、本を運んだ記録を、紙束に見せている?」
「その逆かもしれない」
「本の記録を、紙束に見せている」
「どちらでも、記録を見た人間を迷わせる」
角を曲がると、出版社の倉庫が見えた。外壁の照明は一つだけ点いていて、シャッターの前に水たまりが残っている。相良はその脇に立ち、作業用の革手袋を外していた。手袋の指先を揃えてから、胸ポケットへしまう。
「駿さん、来たか」
「箱を見せろ」
相良は返事の代わりに、倉庫の奥へ歩いた。紙と段ボールと、湿った鉄の匂いが混ざっている。積み上げられた箱には、出庫番号だけが貼られていた。品名はない。
黒田がクリアファイルを開いた。
「この搬出、台帳には箱数と重量だけが残っている。金曜の夜に三箱。木曜の夜に二箱。だが、同じ番号の箱が別の記録では一箱になっている」
「数が合わない」
真帆が言った。
黒田は一度、彼女を見た。
「そうだ。俺もそこを見ている」
相良は箱の一つを棚から下ろした。片手で抱え、床へ置く。中身を乱さないよう、角からゆっくり下ろす手つきだった。
「開けるぞ」
蓋を外すと、古い封筒と紙束が入っていた。紙束の間に、薄い板状のものが混ざっている。私は手を伸ばす前に、相良の顔を見た。
「これは何だ」
「見たままだ」
「本の見返しだ」
「そうかもしれない」
相良は紙束を一つ持ち上げ、親指で重さを確かめた。
「本は、箱に入れると本じゃなくなる。重さと寸法と数になる。伝票に書くなら、そのほうが都合がいい」
「誰の都合だ」
「俺のじゃない」
「運んだのはお前だ」
「運んだだけだ」
黒田が低く言った。
「運んだだけの人間は、箱の中身を見ないのか」
相良は長く黙った。倉庫の天井から、どこかで水滴が落ちる音がした。
「見る。見た。だから言えない」
「言えないのか、言いたくないのか」
「同じだろ」
「違う」
黒田の返事は短かったが、声に重さがあった。
相良は箱の中から、折れた伝票を一枚取り出した。端には水を吸って膨らんだ跡がある。
「ここに書かれた日付は、実際に運んだ日じゃない。荷を動かす日と、記録をつける日を分けることがある。そうしないと、倉庫の帳尻が合わない」
「誰が指示した」
「津村」
相良は初めて、名前を口にした。
黒田のペン先が、手帳の上で止まった。
「津村が、紙を運ばせたのか」
「本とは言っていない。資料だと言った。資料なら、倉庫の出庫ではなく、研究用の保管になる。そういう言い方をされた」
「久瀬も、同じものを追っていた」
相良は箱の中へ視線を戻した。
「久瀬は、返せと言っていた」
「誰に」
「津村に」
「お前は、その場にいたのか」
相良は答えなかった。
私は箱の底へ目を向けた。封筒の角に、白い粉が付いている。津村の鞄に付いていたものと同じ、古い紙の粉だった。だが、同じ場所から出たと断定するには足りない。
黒田が私を見た。
「駿。これで津村を犯人にできるか」
「できない」
「そうだ。怪しいだけじゃ、証拠にならない」
「だが、津村が資料を集めていたことは分かる」
「集めること自体は犯罪じゃない」
「所有者の名を変えていなければ」
黒田は返事をせず、伝票の折れ目を指で押さえた。
倉庫を出ると、雨がまた降り始めていた。細い雨だった。街灯の下で、粒が斜めに流れていく。
槐書房へ戻ると、三橋が店の前に立っていた。傘は差しているが、足元が濡れている。私たちを見ると、老女は小さく笑った。
「ずいぶん遅いお帰りですこと」
「何をしに来た」
「駿さんにお尋ねしたいことがありまして」
「こちらも訊きたい」
「それは困りましたね。問いが二つになると、答えが一つでは足りません」
三橋は店に入り、濡れた傘を閉じた。入口脇の傘立てへ差すと、柄の向きを整え、壁から離れていた脚をそっと押し戻す。
「久瀬さんは、槐原家の蔵書を追っていました」
「知っていたな」
「知っていました」
「なぜ黙っていた」
三橋は一拍置いて、眼鏡を外した。眼鏡の水滴を布で拭きながら、ゆっくり言った。
「本は、戦争で焼けたものだけが失われたわけではありません。焼け残った本も、そのあとで失われました。相続のため、借金のため、家を畳むため。誰かが売り、誰かが買い、誰かが帳面へ書いた。そのたびに、持ち主の名が短くなっていったのです」
「短くなった?」
「最初は、槐原家の誰それが所蔵、と書いてあった。それが、槐原家旧蔵、とだけになり、やがて旧蔵の二文字も消えた。最後には、仕入先不明。そう書けば、誰も責められません。誰のものだったかを問う相手が、紙の上から消えているのですから」
「あなたは、その流れを見ていた」
「見ていました。止められなかった、と言えば聞こえはよろしいでしょうか。実際には、止めなかったこともあります。全部を正そうとすれば、いま残っている本まで市場から消える。隠してでも残すほうがよいと、そう考えた時期がありました」
「そして、名前も隠した」
三橋は私を見た。
「ええ。隠した名前が、誰かの手で別の名に置き換えられるとは思わずに」
「思わなかったのか」
「思いたくなかったのでしょうね」
店の中で、雨がガラス戸を細かく叩いた。
私は帳場の蔵書票を持ち上げた。
「この番号は、槐原家の旧蔵書目録にある。持ち主の名だけが、見返し二枚目の下へ隠されている。久瀬は、それを見つけた」
「でしょうね」
「津村は、その資料を保全しようとしていた」
「保全、ですか」
「あなたは、そういう言葉が嫌いだろう」
三橋は苦笑した。
「保全という言葉は便利です。守ることにも、囲うことにも使える。誰かが紙を自分の机へ持ち帰り、他人の目から遠ざけても、保全したと申せますから」
「久瀬は、保全ではなく返せと言った」
「久瀬さんは、返す先があると信じていたのでしょう」
「違うのか」
「本のすべてが、元の家へ戻るわけではありません。家はなくなり、子孫も知らず、蔵も建て替えられる。それでも、名前だけは戻せる。私はそう思っております」
「なら、なぜ教えなかった」
「教えれば、久瀬さんは一冊を持って走るでしょう。証拠を抱えて、誰かの前に立つでしょう。けれど、証拠は人を守りません。証拠を欲しがる人間が、証拠を消すこともある」
「それでも、黙っている理由にはならない」
「駿さんは、正しさを信じておいでですね」
「信じているのではない。書かれていないことを、なかったことにしたくないだけだ」
「それが、若さというものです」
「年齢の話にするな」
私の声が、店内で初めて少し大きくなった。
三橋は驚かなかった。眼鏡を掛け直し、蔵書票へ目を落とす。
「怒っておいでですね」
「怒る理由はある」
「本に対してですか。久瀬さんに対してですか。それとも、ご自身に対してですか」
私は答えなかった。
若い頃、来歴を軽く扱った。装丁の美しさと相場だけを見て、誰の手を通った本なのかを調べなかった。その本は、別の店へ流れた。私が見落とした名前は、そこで別の名前に覆われたかもしれない。
その過去を、私はまだ誰にも話していなかった。
三橋は、私の沈黙を見ていた。
「守るための沈黙は、いつか誰かに説明しなければなりません。説明しないまま時間が経てば、沈黙そのものが来歴になります。誰もが、最初から何もなかったと思うようになる」
「久瀬は、そうさせなかった」
「ええ。あの方は、名前を見つけたら、見つけたままにしておけない人でした」
「あなたは、久瀬を見たのか」
三橋の指が、蔵書票の端へ触れかけて止まった。
「昨夜、こちらへ伺う前に、あの方と会いました」
「どこで」
「古い私設文庫の前です」
「何を話した」
「槐原家の蔵書票を渡してほしい、と言われました」
「あなたが持っているのか」
「全部ではありません。失われたものを、私が持っているわけではない。ただ、行き先を知っているものがある」
「教えたのか」
「教えませんでした」
「なぜ」
「久瀬さんは、ひとりで踏み込もうとしていた。あの場所には、本だけでなく、書き換えに関わった人間の記録もあります。見つければ、誰かを名指しすることになる。名指しされた者は、黙っていないでしょう」
「だから、守るために黙った」
「ええ」
「その沈黙のあいだに、久瀬は消えた」
三橋の顔から、薄い笑いが消えた。
「私が消したわけではありません」
「だが、居場所を知っていた」
「知っていたのは、場所です。人の行方ではありません」
「同じことだ」
「いいえ。場所は記録できます。人は、記録から外れることがある」
その言葉が、店内の空気を冷やした。
三橋が帰ったあと、私は保管棚を見回った。蔵書票を置いた帳場の周囲には、誰も触れていない。朱肉も、台帳も、貸出札も、黒田が見た位置のままだった。
だが、朱肉の蓋が一つ、棚の奥へ転がっていた。
拾い上げると、蓋の内側に薄い印影が残っている。槐の葉を三枚囲む、古い図柄だった。その脇に、折り畳まれた紙片が挟まっている。
私はすぐには開かなかった。
紙を急いで証人にしてはいけない。折り目にも、湿り気にも、誰かが触れた順番が残る。指先を布で拭き、薄紙を敷いてから、ゆっくりと開いた。
中には、短い文字があった。
〈裏二十七。見返し二枚目。〉
久瀬の字だった。
最後の「目」の払いだけが、途中で震えている。急いで書いたのか、手が震えていたのかは分からない。ただ、文字の下に鉛筆の跡が二重に残っていた。一度書き、消しかけ、もう一度なぞったように見える。
真帆が私の隣へ来た。
「どこですか」
「私設文庫か、倉庫だ」
「どうして分かるんですか」
「裏二十七というのは、搬入口の番号だ。相良の倉庫にある。見返し二枚目は、篠原が何度も修繕した旧書庫の本に共通する」
「津村の研究室も、そこに関係している」
「ああ」
「三橋さんも、その場所を知っている」
私は紙片を折らずに、薄紙へ戻した。
「全部が同じ場所を指している」
そこへ、黒田から電話が入った。
「何か見つかったか」
「場所が分かった」
「確証は」
「まだない」
「なら、場所だけ言うな。何があるかも言え」
私は机の上へ、蔵書票、領収書、貸出札、紙片を並べた。
「証拠を隠すための保管場所だ。久瀬がそこへ行った可能性がある」
「可能性じゃ、動けない」
「蔵書票の番号が、倉庫の搬出番号と一致している。見返し二枚目の貼り替え痕も、そこで扱われた本と同じだ」
電話の向こうで、黒田が黙った。遠くで車の音がしている。
「駿。久瀬がそこにいると断定できるか」
「できない」
「死んでいる可能性は」
「分からない」
「分からないなら、なおさら勝手に行くな」
「勝手に行くつもりはない」
「本当か」
「篠原と真帆を連れていく。あなたも来る」
「店は」
「記録として残す」
黒田は短く息を吐いた。
「分かった。場所を送れ。ただし、証拠に触るな。人を見つけても、動かすな。聞こえたか」
「ああ」
電話を切ると、真帆がノートを閉じた。
「私も行きます」
「危険かもしれない」
「分かっています」
「本の価値も、相手の名前も、まだ全部は知らない」
「でも、私が見た時刻と札の順番は知っています。そこへ行ったら、誰かが何を動かしたか分かるかもしれません」
「分からないかもしれない」
「分からないものを、分からないまま残さないんですよね」
真帆はそう言って、袖口をつまんだ。怖さを隠す仕草だったが、目は逸らさなかった。
篠原へ連絡すると、彼はすぐに来た。工房の鍵を掛けたまま、骨へらを布に包んで持っている。
「行くのか」
「ああ」
「戻れないかもしれない」
「本の場所を見に行くだけだ」
「人の場所かもしれない」
私は返事をしなかった。
篠原は、店の棚を一度見回した。乱れた本の背を指で押さえ、隣と高さを揃える。
「駿」
「何だ」
「戻すなら、今度は早く戻すな」
「分かっている」
「分かってない顔だ」
「お前に言われたくない」
篠原はほんの少しだけ口元を緩めた。それは笑いというより、古い栞を机の上へそっと置くような表情だった。
外へ出ると、雨が細く降っていた。
槐書房の看板明かりが、濡れた路面に縦長く揺れている。店の中には、消えた蔵書印と、残された蔵書票と、書き換えられた台帳が置かれたままだった。
私は鍵を閉め、最後に一度だけ帳場を振り返った。
何も壊れていない。
それでも、店の中には確かに、誰かが触れた順番が残っている。
真帆が傘を開き、篠原がその隣で黙って路地の先を見た。黒田から、車を回すという短い連絡が入る。
私たちは歩き出した。
裏通りの看板は、雨に滲んで輪郭を失っていた。大学の門を過ぎ、閉まった出版社の倉庫を横目に、古い建物の並ぶ方角へ進む。足元の水たまりには、私たちの影が何度も崩れては戻った。
手の中の紙片は、薄く冷えていた。
〈裏二十七。見返し二枚目。〉
久瀬が最後に残したその文字が、雨音の底でまだ乾かずにいる。
私は紙片を胸ポケットへ入れた。折り目を増やさないよう、指で押さえる。
今夜、そこに久瀬がいるのか。
それとも、彼が追っていた名前だけが、また別の紙の下へ隠されているのか。
まだ、答えはなかった。
ただ、私たちの前方に、相良が知る搬入口と、篠原が補修した旧書庫と、津村が「保全」と呼んだ場所が、同じ暗がりの中でひとつにつながっていた。
← 横にスクロールして読み進められます
