第5話 飲み込みにくい

通帳を書き写し始めてから、私は紙の束を前にすると、まず日付を見るようになった。
金額より先に日付を見る。何日に何が起きていたのかを、帳面の外側から辿るためだった。祖父の年金が入った日、病院へ支払った日、澄江叔母さんの口座から金が移された日。そのあいだに、祖父が何を食べ、何を吐き、何度起き上がれなかったのか。数字だけでは足りないものを、別の紙から拾い集めようとしていた。
昼過ぎ、雨戸の隙間から差し込む光が、仏間の畳に細長く落ちていた。
私は遺品箱の底に残っていた帳面を一冊ずつ開いた。表紙の擦れたもの、角が水を吸って膨らんだもの、祖父の筆圧で頁の端まで沈んでいるもの。帳面はどれも似ていたが、紙をめくる音には違いがあった。乾いた紙は薄く鳴り、湿った紙は指に吸いつきながら、剥がされることを嫌がるようにゆっくり音を立てた。
最後に、薄いノートが出てきた。
表紙には何も書かれていない。罫線の入った大学ノートで、角が丸くなり、表面には細かな擦り傷があった。私はそれを膝の上に置いた。開く前から、誰のものか分かっていた。
澄江叔母さんのノートだった。
文字は祖父の帳面とは違っていた。祖父の字は、病が進んでも角が崩れなかった。線を引くとき、紙の上に命令を置くような筆圧があった。澄江叔母さんの字は、急いでいると右へ傾き、眠っていない日は文字の間隔が狭くなる。誰かに読ませるためではなく、自分が次の世話を忘れないためだけに書かれた字だった。
最初の頁には、日付の下に短い言葉が並んでいた。
飲み込みにくい。
立ち上がれず。
今日は半分。
水でむせる。
私はその一行を、しばらく読めなかった。
感情を表す言葉は、ひとつもない。苦しいとも、心配とも、疲れたとも書かれていない。ただ、起きたことだけが、鉛筆の薄い線で残されている。
朝、粥半分。
薬、錠剤のままでは無理。
昼、咳き込み三回。
夕、眠る。
夜中一時、呼吸浅い。
午前三時、尿失敗。布団交換。
ページをめくるたび、祖父の晩年が小さく区切られていった。食べる。むせる。背中を叩く。口元を拭く。寝かせる。起こす。着替えさせる。汚れた布を洗う。湯を沸かす。薬を砕く。
その一つひとつは、事件と呼べるほど大きくない。けれど、それが一日で何度も繰り返され、何日も、何週間も続けば、人の身体はどこから削れていくのだろう。
私は頁の端を指で押さえた。
文字の脇に、小さな丸がいくつもついていた。丸の大きさは揃っていない。力を込めて書いたものは濃く、かすかに触れただけのものは、紙の白さに埋もれている。
丸は、たぶん済んだ印だった。
食べさせた。
薬を飲ませた。
身体を拭いた。
眠った。
今日という日を、とにかく終えた。
私は、祖父が死ぬ前の最後の一週間まで頁を進めた。
文字はそれまでより大きくなっていた。澄江叔母さんの手が震えていたのかもしれない。あるいは、紙へ顔を近づけることさえ難しいほど、身体が疲れていたのかもしれない。
六月二十日。
朝、飲み込みにくい。水もむせる。
昼、食べたくないと言う。
夜、熱三十七度八分。
六月二十一日。
立ち上がれず。呼びかけに返事なし。
六月二十二日。
今日は半分。
その下に、何か書きかけた跡があった。鉛筆の線が一度強くなり、途中で途切れている。私は頁を傾けた。薄い光が紙の繊維を拾い、消された文字の跡を浮かび上がらせる。
もう、できない。
そう書こうとしたのかもしれない。
けれど、私には断定できなかった。読めるのは、最初の二文字だけだった。三文字目からは、鉛筆の先が紙を引っかいたような線になっている。
私はノートを閉じた。
そのとき、台所から水の音が聞こえた。
蛇口をひねる音。茶碗が流しの底へ置かれる音。水が表面を叩き、排水口へ吸い込まれていく音。
澄江叔母さんは、いつの間にか戻ってきていた。
私はノートを膝の上に置いたまま、顔を上げられなかった。問いかければ、叔母さんは答えるかもしれない。答えないかもしれない。どちらにしても、今まで通りには戻れない気がした。
台所で、茶碗を洗う音が続いている。
私はノートの表紙を撫でた。紙は乾いているのに、指の腹にぬめるような感触が残った。祖父の食事の記録に触れた指が、祖父の口元に残っていた水分や、拭き取られたものまで覚えているようだった。
私は立ち上がり、ノートを持って台所へ向かった。
仏間から台所までは、ほんの数歩しかない。けれど廊下の板は湿気を含み、歩くたびに足裏へ沈んだ。仏間の暗さを背中に受けていると、何かに追われているのではなく、何かを置いてきたまま進んでいるような気がした。
澄江叔母さんは、流しの前に立っていた。
袖を肘までまくり、茶碗を一つずつ洗っている。洗い終えた茶碗は、水切り籠の中へ伏せる。置く位置はいつも同じで、縁と縁が触れないように少しずつ間を空けていた。
「叔母さん」
声をかけると、手は止まらなかった。
「なに」
「これ、見つけた」
私はノートを差し出した。
澄江叔母さんは一度だけ目を落とした。頁を開かず、表紙だけを見た。
それから、私が次の言葉を探しているうちに、ノートを取り上げた。
ぱたん、と頁が閉じる。
音は小さかった。けれど、その音の内側に、何日分もの食事と夜中の呼吸が押し込められたように聞こえた。
「それは、もういいの」
「よくないよ」
「記録は終わってる」
「終わったから見るんでしょう」
澄江叔母さんはノートを流し台の端へ置いた。濡れた手で、今度は茶碗の内側を洗い始める。泡が指の関節を白く包み、排水口へ流れていった。
「何が書いてあった?」
「飲み込みにくいとか、立ち上がれないとか。水でむせるとか」
「そういうこと」
「そういうことって、何」
「そのままだよ。飲み込みにくかった。立ち上がれなかった。水でむせた」
「どうして、こんなに細かく書いたの」
「忘れるから」
「誰が?」
叔母さんの手が、一度だけ止まった。
「私が」
「忘れると思ったの」
「忘れたかったのかもしれない」
水が流れ続けていた。澄江叔母さんは蛇口を閉めなかった。水音がある限り、私たちは互いの声を聞き返さずに済む。そういうやり方を、叔母さんはずっと使ってきたのだと思った。
「おじいちゃんが、どれだけ食べたかを忘れるの?」
「食べたかどうかを忘れるんじゃない。食べさせたことを、私がやったことだと覚えておくのが嫌だったんだよ」
「どういう意味?」
「毎日やっていると、やったことが自分のものじゃなくなる。誰かに頼まれたわけでもなく、命令されたわけでもなく、ただ朝になったから飯を作る。昼だから薬を出す。夜だから身体を起こす。そうしているうちに、自分が何をしたのか分からなくなる。記録にしておけば、少なくとも紙の上では私がやったことになるでしょう」
私はノートへ目を向けた。
「だったら、どうして隠すの」
澄江叔母さんは返事をしなかった。代わりに、蛇口を閉めた。水が止まると、家の中に残った音が急に少なくなった。二階のどこかで、木が乾いたように鳴る。仏間から線香の匂いが流れてきて、味噌と洗剤の匂いに重なった。
「見つかったら、誰かが読むから」
「私が読んだ」
「そうね」
「叔父さんにも見せるべきだよ」
澄江叔母さんは、濡れた手を布巾で拭いた。布巾はすでに湿っていたが、何度も折りたたみ、乾いた面を探すように手を動かしている。
「浩一さんは、見ても自分のことにはしないよ」
「どういうこと?」
「食べた量を見れば、食べさせた人がいる。むせた回数を見れば、背中を叩いた人がいる。立ち上がれないと書いてあれば、身体を支えた人がいる。でも、あの人はそれを全部、家の事情にする。家の事情なら、誰の手でやったかは書かなくていい」
「そんなこと、決めつけないで」
「決めつけじゃない。何年も見てきたから言ってるの」
「でも、叔父さんにも役目はあった」
「役目がある人は、役目のない人間を作るんだよ」
澄江叔母さんはようやくこちらを見た。
「家を回す人、外と話す人、金を管理する人。そういう役目を先に決めてしまえば、世話をする人間は、世話だけしていればいいことになる。疲れたと言えば、役目を果たせない人間になる。怒れば、家族を壊す人間になる。だから私は言わなかった。言わない方が、まだここにいられたから」
「ここにいるために、全部飲み込んだの」
「飲み込めるうちはね」
その言葉が、ノートの表紙に書かれていない題名のように、私の中へ落ちた。
飲み込みにくい。
祖父のことだけではなかった。
澄江叔母さんは、疲れも怒りも、家族への恨みも、何年も飲み込んできた。飲み込めなくなったものだけを、短い記録にして紙へ吐き出していた。その紙まで閉じられたら、残るのは身体の中に溜まったものだけだ。
「叔母さんは、祖父に何か言われた?」
「何を」
「ありがとうとか、ごめんとか」
澄江叔母さんは布巾を絞った。水はほとんど出なかった。それでも、手のひらに力を込めて、布の繊維が軋むまで絞った。
「言われてない」
「一度も?」
「一度も、とは言わない。何か言ったことはあるよ。薬はまだかとか、窓を閉めろとか、茶が濃いとか。でも、私が何をしているかについては、何も」
「祖父は、分かっていたと思う」
「分かっていたなら、なおさら言わない人だった」
「どうして」
「言えば、借りができるから」
叔母さんは布巾を広げ、皺を伸ばした。
「ありがとうと言えば、世話をしてもらっていると認めることになる。ごめんと言えば、自分ではどうにもできないと認めることになる。お父さんは、最後までそれを嫌がった。自分で食べられないのに、匙を持たせれば払いのけた。立てないのに、手を貸そうとすると怒った。できないことをできないと言うくらいなら、黙って倒れている方がましだったんだよ」
「それで、叔母さんはどうしたの」
「起こした。食べさせた。拭いた。怒られても、また次の日にやった」
「どうして」
聞いた瞬間、自分がひどく残酷なことを尋ねた気がした。けれど澄江叔母さんは怒らなかった。
「どうしてって、やらなかったら死ぬから」
その答えは、簡単すぎた。簡単すぎるからこそ、私は何も言えなくなった。
「家族だから?」
「家族だから、だけじゃない」
「じゃあ、何」
「そこにいたから」
澄江叔母さんは流しの中の茶碗を見た。
「そこにいて、私が手を伸ばせば届いたから。助けを呼んでも来ない人を待つより、私がやった方が早かったから。最初はそうだった。途中からは、私がやらないと、誰もやらないと思った。最後には、私がやること自体が、この家の決まりになった」
その言葉の間に、祖父の咳が聞こえたような気がした。
もちろん、祖父はもういない。二階にも、隣の部屋にもいない。それでも、仏間の奥から低く湿った咳が一度だけ響いた。澄江叔母さんは振り返らなかった。私だけが息を止め、廊下の暗がりを見つめた。
仏間の方で、線香の灰が崩れる音がした。
「今は、その手の話を掘る時期じゃない」
浩一叔父さんの声だった。
いつからそこにいたのか分からない。廊下の柱の陰に立ち、手には畳まれた新聞を持っている。視線は私ではなく、台所の卓に置かれたノートへ向いていた。
「叔父さん、聞いてたの」
「聞こえただけだ」
「これを読んで」
私はノートを取って、叔父さんの方へ差し出した。
叔父さんは受け取らなかった。
「今は、その手の話を掘る時期じゃない」
「いつならいいの」
「法要が終わったばかりだ。親族への連絡も、寺への支払いも、まだ残っている」
「祖父の食事記録より先にやることがあるの?」
「優先順位の問題だ」
「祖父がどうやって死ぬまで生きていたかより、香典返しの数を合わせる方が先?」
「そういう言い方をするな」
「じゃあ、どう言えばいいの。飲み込みにくかった。立ち上がれなかった。今日は半分しか食べられなかった。水でむせた。そう書いてある。これを、叔父さんは何て呼ぶの」
叔父さんは一拍置いた。
「介護の記録だ」
「それだけ?」
「それ以上でも、それ以下でもない」
「でも、ここには叔母さんが一人でやったことが書かれている」
「澄江だけがやったわけじゃない」
「誰が何をしたのか、書いてある?」
叔父さんは黙った。
その沈黙が、答えの形をしていた。
「書いてないよね。叔父さんが来た日も、来なかった日も。電話で朝まで待てと言った日も。叔母さんが寝ていないまま病院へ行った日も。そういうことは書いてない。書いてあるのは、祖父の状態だけ」
「記録は、本人の状態を書くものだ」
「誰が世話をしたかを書かない記録は、誰かの手を消すための記録にもなる」
「真琴、お前は何でも人の責任に結びつけるな」
「責任にしたくないから、確認しているの」
「確認して、誰を責める」
「まだ決めてない」
「決めていないのに、家族を疑うのか」
「疑っているんじゃない。分からないから見ている」
叔父さんはノートへ視線を落とした。表紙に触れようとして、触れずに手を引いた。
「澄江が書いたものなら、澄江のために残しておけばいい」
「叔父さんのためには?」
「俺のために記録されたものじゃない」
「家のためには?」
「家のため、家のためと言うな」
叔父さんの声が、そこで初めて擦れた。
「家のためと言えば、何でも片づくと思っているのはお前たちだ。俺だって、好きで段取りをしているわけじゃない。誰かがやらなければ、親族は好き勝手に言う。寺は待ってくれない。役所は期限を過ぎれば催促を寄越す。土地の名義は動かない。葬儀だって、泣いているだけではできない。俺が書類を揃えた。俺が頭を下げた。俺が、皆が見なくて済むようにした」
「何を?」
「見たくないものをだ」
「それは、守ったことになるの?」
「少なくとも、散らかったまま放置はしなかった」
「散らかっていたのは、紙じゃないでしょう」
叔父さんの指が、新聞の端を強く押さえた。
「祖父が弱っていくのを、見たくなかった。澄江が疲れていくのも、見たくなかった。俺自身が何もできないことも、見たくなかった。だから、できることだけをした。書類を揃えた。金を動かした。病院の話を短くした。葬儀を決めた。そうしなければ、俺まで何もできない人間になる」
「何もできない人間になりたくなくて、叔母さんにやらせたの」
叔父さんは答えなかった。
澄江叔母さんが、洗い終えた茶碗を水切り籠へ置いた。白い器が触れ合い、かすかな音を立てる。
「浩一さん、もういい」
「澄江」
「真琴ちゃんに説明しても、仕方ない」
「説明している」
「説明じゃない。言い訳でしょう」
叔父さんの顔が強張った。
澄江叔母さんは、濡れた手をエプロンで拭いた。
「私は、お父さんの食事を作った。食べた量を書いた。むせたことを書いた。何を飲ませて、何を吐き出したかを書いた。あの人の状態を知っていたのは私だから。けれど、本当は私が忘れたくなかったのは、私があの人に何をされたかじゃない。私が何をしてしまったかなんだよ」
私は、ノートを見た。
「何をしたの」
「何もしなかった日がある」
澄江叔母さんはそう言ってから、流しの奥を見た。
「食べさせれば食べると分かっていても、口を開けるまで何度も匙を近づけるのが嫌になった日がある。水を飲ませればむせると分かっていても、飲ませないと脱水になるから、少しずつ含ませた。あの人が苦しそうに咳をすると、背中を叩きながら、もうやめてくれと思った。口には出さなかったけど、思った。思ったことまで記録に書けば、私は介護をした人間じゃなくて、嫌がっていた人間になるでしょう」
「嫌がっても、やったんでしょう」
「やったよ」
「だったら、書いてもいいじゃない」
「書いたら、誰かが私を許すから嫌だった」
その言葉が、台所の空気を変えた。
「大変だったね、と言われるでしょう。よくやったね、と言われるでしょう。でも、私が欲しかったのは許しじゃない。あのとき嫌だった、もうできなかった、誰か来てほしかった。そう言っても、私が悪い人にならない場所が欲しかっただけ」
叔父さんが、低く息を吐いた。
「澄江、今さらそんな話をしても、父さんはもういない」
「死んだから言えるんだよ」
「死んだ人間には届かない」
「届かなくても、私の中から出すことはできる」
澄江叔母さんの手が、エプロンの裾を握った。皺が深く寄る。
「生きている間は、何を言っても、最後には世話をしなきゃならなかった。怒っても、泣いても、熱を測って薬を飲ませなきゃならなかった。だから黙った。死んだあとなら、もう立ち上がれとも、飯を食えとも言われない。やっと言えると思ったのに、今度は家のために黙れと言う」
叔父さんは口を開きかけたが、言葉を出さなかった。
私はノートを抱えた。
その薄さが、急に怖くなった。これだけの年月が、こんな薄い紙へ押し込められている。頁を閉じれば、祖父はまた穏やかに看取られた老人へ戻り、澄江叔母さんはよく尽くした嫁になり、叔父さんは家をまとめた責任者になる。
全部が、きれいな形に戻ってしまう。
「このノート、私が写してもいい?」
澄江叔母さんは私を見た。
「何のために」
「消えないようにするため」
「写したら、残るよ」
「うん」
「残ったら、誰かが読むよ」
「うん」
「読まれたら、誰かが何か言う」
「それでも」
私は自分の声を聞きながら、もう後戻りできないところへ足を置いていると感じた。
「それでも、読まれないまま消えるよりいい」
澄江叔母さんは、しばらく私を見ていた。
それから、ノートを私の手から取り返した。
私は拒まれると思った。だが叔母さんは頁を開き、最後から三枚目のところで止めた。そこには、祖父が亡くなる前夜の記録があった。
六月二十三日。
夕、半分。
水、二口。
飲み込みにくい。
夜十一時、眠る。
午前一時、呼吸浅い。
午前三時、起こす。返事なし。
午前三時十五分、浩一さんへ電話。
来なくていいと言われた。
叔母さんは、そこを指で押さえた。
「ここは、写さなくていい」
私は息を止めた。
「どうして」
「浩一さんの名前があるから?」
「違う」
叔母さんの指先が、紙の上でわずかに震えた。
「その下に、まだ書いてあるでしょう」
私は頁を覗き込んだ。
鉛筆の線が、途中から濃くなっている。文字は小さく、何度も重ねて書かれていた。
午前三時四十分。
喉の奥で、何かが鳴る。
水を飲ませようとしたが、戻した。
その下には、消された跡があった。紙が薄く擦れ、文字の形だけが残っている。
救急車を呼ぶ。
私はそう読んだ。
「叔母さん、ここ……」
「読まないで」
「でも、書いてある」
「書いてない」
「消しただけでしょう」
澄江叔母さんは頁を閉じた。
その瞬間、仏間の方から、線香の燃える小さな音がした。
私たちは三人とも、そちらを見た。
浩一叔父さんの顔から、色が引いていた。澄江叔母さんはノートを胸に抱え、私だけが廊下の先の暗がりを見つめていた。
鴨居の黒い染みは、いつの間にか四本になっていた。
一本は仏壇の上。
一本はその左。
一本は少し離れた場所から、斜めに伸びている。
そして新しく現れた一本は、まるで誰かが途中で筆を止めたように、短く、濃く、ノートの頁を閉じた方向へ向かっていた。
煙が、その下で渦を巻いている。
私はノートを見た。
飲み込みにくい。
その言葉が、祖父の喉のことなのか、澄江叔母さんのことなのか、それともこの家そのもののことなのか、もう分からなかった。確かなのは、何かが詰まったまま、誰もそれを吐き出せずにいることだけだった。
浩一叔父さんが、仏間の戸へ手を伸ばした。
「閉めるな」
私は言った。
叔父さんの手が止まる。
「今度は、閉めないで」
「真琴」
「ノートを写す。消されたところも、消されたまま写す。誰が何を言ったかも、書く。叔父さんが来なくていいと言ったことも、叔母さんが午前三時四十分に何をしたかも」
「勝手にするな」
「勝手にしたのは、誰?」
叔父さんは答えなかった。
澄江叔母さんが、ノートを私へ差し出した。手放す動作は、何かを捨てるようにも、ようやく預けるようにも見えた。
「書いて」
「いいの?」
「いいかどうかは、もう私が決めることじゃない」
私はノートを受け取った。
紙は、叔母さんの体温を吸っていた。頁の端が湿り、指に貼りつく。私は手帳を開き、万年筆の蓋を外した。ペン先を紙へ当てる。
その瞬間、鴨居の四本目の染みが、ほんの少しだけ伸びた。
線香の煙が、細い指のようにその線をなぞった。
私は最初の言葉を書いた。
六月二十三日。
飲み込みにくい。
文字は、いつもより丁寧に並んだ。けれど、書き終えたとき、喉の奥には自分の言葉まで詰まっていた。
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