7話 合理と伝承の分岐点

煌々と光るネオンを背に、一行は再び枕木の上を歩き始めた。郷愁を誘う駄菓子屋の光景は、しかし暦の警告によってどこか不気味な後味を残していた。陽太が手に入れたヒーローカードも、角度を変えるとヒーローの顔が髑髏のように見え、慌ててポケットにしまい込む。誰もが口数を失い、ただ光る線路が示す先へと、黙々と足を運んでいた。

やがて、光の道筋が二手に分かれる場所にたどり着く。

右へ続く線路は、その傍らに苔むした古い石碑が静かに佇んでいた。長い年月をかけて風雨に晒された文字が、かろうじて判読できる程度に刻まれている。左へ続く線路は、赤錆びたレールが夏草の海に半ば飲み込まれ、その先は鬱蒼とした森へと続く獣道のようになっていた。まるで、世界の選択肢が突きつけられたかのような分岐点だった。

暦は迷わず石碑へと歩み寄り、その表面に刻まれた文字を、何かを確かめるように指でそっと撫でた。 「…こっちよ。おばあちゃんから聞いたことがある。この土地の古い言い伝え。『星の駅』を目指すなら、迷わず古い石の道標に従えって。星々はいつだって、古き者の声を通して道を照らすから」

その言葉を遮るように、樹が忌々しげに舌打ちをした。彼は圏外表示のままのスマホ画面と、あらぬ方角を指してくるくる回る方位磁石を交互に見比べ、苛立ちを隠せないでいる。 「馬鹿馬鹿しい。いつまでそんな非科学的な話に付き合うつもりだ。言い伝え?伝承?それは過去の人間が、自分たちの無知と恐怖を正当化するために作り出した物語に過ぎない。君の祖母の時代の常識と、僕たちが生きる今の常識は違うんだ。地形データを見ろ。オフラインマップでもわかる。こっちの獣道の方が明らかに勾配が緩やかで、物理的な距離も短い。最短ルートを選ぶのが最も合理的で、安全な選択だ。感傷やオカルトで命を危険に晒す趣味は僕にはない」

「合理?安全?」暦は静かに振り返る。その瞳には、侮蔑とは違う、深い哀れみのような色が浮かんでいた。「あなたの言う合理性が、この世界で通用するとでも?あなたのスマホがただの文鎮になって、方位磁石が意味をなさなくなったこの場所で、一体何を信じるっていうの。データや数字は、目に見えるものしか教えてくれない。でも、この世界はきっと、目に見えないものの声でできている。聞こえない声、忘れられた想い。それを無視して進んだ先に、本当に求める答えがあるとは思えないわ」

二人の間に、目に見えない火花が散る。片や、古くからの伝承と直感を信じる者。片や、科学的根拠と合理性を信じる者。まったく異なる文化と思想の衝突だった。板挟みになった湊は、どちらの言葉にも頷けず、ただ俯くだけだった。暦の言葉には抗いがたい説得力があったが、樹の言うことも正論に聞こえる。自分の意見を口にする勇気も、どちらかを選ぶ根拠も、彼にはなかった。

その重苦しい沈黙を破ったのは、いつだって陽太の天真爛漫な声だった。 「こっち!絶対こっちだって!」 彼は、二人の深刻な議論など意にも介さず、草の生い茂る獣道を指さしていた。その目は、純粋な好奇心でキラキラと輝いている。 「だって、こっちのが絶対、冒険っぽいじゃん!ダンジョン入り口って感じだろ!」 そう叫ぶが早いか、陽太は小さな冒険家気取りで、獣道へと駆け出していった。 「あっ、おい!陽太!」 樹の制止も間に合わない。 暦は深くため息をつき、湊はただ呆然と陽太の背中を見送る。結局、一番単純な理由が、彼らの進む道を決定づけた。三人もまた、陽太を一人で行かせるわけにもいかず、仕方なくその後に続く。

獣道に入って数分も経たないうちに、異変は起きた。どこからともなく、乳白色の濃い霧が立ち込め始めたのだ。それはまるで、獣道を選んだ彼らを拒絶するかのように、急速に世界の色彩を奪っていく。 「なんだ、この霧…!」 樹が焦りの声を上げる。さっきまでの自信は見る影もない。 前後左右の感覚が曖昧になり、数メートル先にいるはずの仲間の姿さえ、ぼんやりとした影にしか見えなくなる。祭りの喧騒どころか、虫の声ひとつ聞こえない。自分たちの足音と、荒い呼吸だけが、この世に存在しているかのようだった。 彼らは、合理的な判断が招いた非合理的な迷宮に、あっけなく囚われてしまったのだ。

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