6話 郷愁の駄菓子屋

星屑を撒いたような「忘れじの線路」を歩き始めて、どれくらいの時間が経っただろうか。背後で聞こえていた祭りの喧騒が完全に途絶え、世界から音が消えたかのような静寂が四人を包んでいた。相葉湊の目に映る風景は、もはや現実のそれとは似ても似つかぬものへと変貌していた。天を突くほどに伸びていたはずの杉林は、いつしか傘の裏に銀の鱗粉を光らせる巨大なキノコの森となり、枕木の脇には、錆びたブリキのロボットや色褪せたガラスのおはじきが、誰かの失われた子供時代の墓標のように、草葉の陰にひっそりと点在していた。

「すげえ!マジファンタジーじゃん!」

長谷川陽太は、飽きることなく目を輝かせ、その無邪気な声はメルヘンチックな静寂の中でよく響いた。対照的に、新田樹は圏外表示のまま沈黙するスマートフォンを忌々しげに睨みつけている。

「……地磁気の異常か、あるいは高濃度の金属粒子が電波を阻害しているのか。もしくは、僕らの認識に作用する何らかの幻覚作用のあるガスが発生している可能性も捨てきれない。不用意に吸い込むなよ」

必死に理性の砦を築こうとする樹の言葉は、誰の耳にも届いていないようだった。

やがて彼らの前に、ぼんやりと温かい光を放つ建物が姿を現した。誰もいないはずの森の奥に煌々とネオンが灯る、古びた駄菓子屋。そのノスタルジックな光景に、湊は胸の奥を締め付けられるような、甘く切ない郷愁を覚えていた。陽太は歓声をあげて駆け寄り、ガラスの引き戸に手をかける。

「うおー!見てみろよ!瓶ラムネだ!俺、これ好きなんだよ!」

湊もまた、その光景に吸い寄せられるように店内へ足を踏み入れた。埃ひとつない棚には、都会ではとっくに見かけなくなった当たり付きのチョコレートや、色とりどりの麩菓子が並んでいる。陽太が「あった!俺が集めてたヒーローカードだ!」と叫ぶそのカードは、湊にとっても見覚えのあるものだった。忘れていたはずの記憶の抽斗が、次々と開かれていくような感覚。

しかし、ミステリアスな雰囲気を纏う高槻暦だけは、店の入り口で立ち止まり、その不思議な空間を冷静に見つめていた。彼女の視線は、はしゃぐ陽太や懐かしさに浸る湊ではなく、店のさらに奥、帳が下りたような暗がりに向けられている。

「二人とも、あまり夢中にならないで」

暦の静かな声が、浮かれた空気に冷水を浴びせた。

「この世界は、私たちの記憶が混ざってできているのかもしれないわ。陽太が見つけたカードも、湊が懐かしいと感じるお菓子も、きっと誰かの、あるいは私たち自身の楽しい記憶が形になったものなんでしょう。でもね、考えてみて。記憶って、そんなに綺麗なものばかりかしら」

彼女の言葉に、湊と陽太の動きが止まる。樹は腕を組み、待ってましたとばかりに口を開いた。

「暦さんの言う通りだ。そもそも、これは極めて非合理的な状況だ。商品はどこから補充され、誰が管理している?この光のエネルギー源は?すべてが説明不能だ。陽太、お前が今手にしているカードも、本当にただの紙とインクでできている保証はどこにもない。それはお前の記憶を餌にして実体化した、危険なトラップかもしれないんだぞ。楽しいとか、懐かしいとか、そんな主観的な感情に流されて判断を誤るべきじゃない」

樹の理路整然とした、しかしあまりに無機質な言葉に、陽太がカッとなって言い返す。

「なんだよ、樹!さっきからごちゃごちゃうるさいんだよ!つまんねーことばっか言ってんな!目の前にこんなすげー世界が広がってるのに、なんで素直に楽しめないんだよ!理屈とか科学とか、そんなのが一番偉いのかよ!俺は、俺が見て、感じたものを信じる!楽しいもんは楽しい!それでいいじゃんか!」

二人の間に、目に見えない火花が散る。板挟みになった湊が何も言えずにいると、暦が再び静かに、しかし有無を言わせぬ響きで告げた。

「楽しい記憶は、人を無防備にする。…この店の奥、何か良くない気配がするわ。誰かの、とても深くて、悲しい記憶の匂いがする」

彼女の言葉を裏付けるかのように、店の奥の暗がりが、まるで呼吸をするように、一度だけ不気味に揺らめいた。それは、このメルヘンチックな世界に潜む、もう一つの顔を垣間見せた瞬間だった。湊は、自分の胸の内に巣食う「光る線路と誰かを待つ少女」の夢が、この駄菓子屋の奥にある暗がりと地続きであるような、奇妙な感覚に囚われていた。

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郷愁の駄菓子屋 - 夏草の海と、線路の先に - 誰でも作家life