第4話 忘れじの線路、異界の扉
月明かりだけが頼りの獣道を抜けた先、森の懐に抱かれるようにして、それは静かに横たわっていた。赤錆びた二本のレールと、闇に溶け込むように朽ちかけた枕木。子供たちの冒険心をくすぐるには十分だが、それ以上でもそれ以下でもない、ただの廃線跡だった。
「ほら、やっぱりただの廃線じゃないか。陽太の夢の話に付き合って損した」
真っ先に口を開いたのは、やはり樹だった。彼はポケットから取り出したスマートフォンをかざし、うんざりしたように肩をすくめる。
「非科学的な期待は時間の無駄だって、あれほど言ったのに。いいか、夢っていうのはだな、脳が記憶情報を整理する過程で生じる電気信号の…」 「うおおおおっ!」
樹の理屈っぽい説法を、陽太の歓声が豪快に遮った。彼は、まるでスタートラインに立った短距離走者のように、一番前の枕木に勢いよく足を乗せた。その瞬間だった。
——パッ。
小さな、しかし確かな光が、陽太の足元で生まれた。それに呼応するように、枕木の一つひとつが、レールの継ぎ目という継ぎ目が、次々と淡い光を灯し始める。それはまるで、眠りから覚めた無数の蛍が一斉に瞬きを始めたかのようだった。あるいは、天の川からこぼれ落ちた星屑を、誰かが地上にそっと撒いたかのようでもあった。赤錆びていたはずのレールは、幻想的な光を帯びてどこまでも、森の闇の奥深くへと続いていた。
「…なんだ、これ…」
樹が呆然と呟く。彼は慌ててスマホのカメラを光に向けるが、液晶画面に映し出されるのは、相変わらず何も変わらない漆黒の闇だけだった。 「…燐光を放つ苔の一種か、地磁気の異常による発光現象か…? 待て、冷静になれ。これは…そう、例えばこの辺りの土壌に特殊な鉱物が含まれていて、それが圧力や摩擦で発光する…圧電効果の一種、いや、生物発光だ。燐光を放つ苔か菌類が枕木に付着しているだけだ。調べれば…うわ、電波も急に弱くなった…なんだこれ、強力な磁場でも発生してるのか!?」 早口でまくし立てる樹の言葉は、もはや誰の耳にも届いていない。
陽太は「すげえ!マジファンタジーじゃん!」と目を輝かせ、暦は静かにその光景を見つめている。彼女の横顔は月明かりに照らされ、いつも以上にミステリアスな影を落としていた。その唇が、微かに動く。「…星迎えの夜が、扉を開いたんだわ」。
だが、相葉湊は、他の誰とも違う感覚に囚われていた。恐怖ではない。驚きだけでもない。もっと根源的で、抗いがたい引力。幼い頃から繰り返し見てきた夢。光る線路と、そこで誰かを待つ少女。その夢の中の光が、今、目の前で現実のものとして脈打っている。
「これだ…」
湊は無意識に呟き、一歩、また一歩と光の中へ足を踏み入れていく。冷たい光じゃない。どこか郷愁を誘う、温かい光だ。呼ばれている。僕を待っている誰かが、この先にいる。そんな確信が、彼の臆病な心を突き動かしていた。
湊が光の中心、二本のレールの真ん中に立った、その時。まるで彼の到着を待っていたかのように、線路の輝きは一層その強さを増し、森の奥へと続く光の道筋を、より鮮明に描き出した。
「おい、湊!危ないって!」
樹の制止の声も、今の湊には届かない。好奇心と、運命的な引力が、すべての恐怖を上回っていた。陽太が「行こうぜ!」と湊の隣に駆け寄り、暦もまた、覚悟を決めたように静かに続く。躊躇していた樹も、一人だけ取り残されることを恐れたのか、あるいは目の前の非合理的な現象の正体を突き止めたいという探究心が勝ったのか、渋々といった体で三人の後を追った。
四人が光る線路の上を歩き始めた、まさにその瞬間だった。
——ぷつり。
背後で微かに聞こえていた祭りの喧騒が、賑やかな囃子の音が、まるで分厚い鉄の扉を閉められたかのように、完全に途絶えた。風の音も、虫の声も、木の葉のざわめきすらも消え失せ、絶対的な静寂が彼らを包み込む。
日常と非日常を隔てる境界線を、彼らは今、確かに踏み越えたのだ。
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