第14話 夜明けのアンカー
夢の終わりは、いつも唐突だ。 つい先ほどまで世界を構成していたメルヘンチックな色彩が、まるで薄い絵の具のように剥がれ落ちていく。星屑となって昇っていったアキラの「想い」と、役目を終えて消えていく「忘れじの線路」の最後のきらめきが瞼の裏で混ざり合い、急速に現実の光へと収束していく。 耳を劈くような蝉時雨。肌にまとわりつく夜露の湿気と、濃い土の匂い。 相葉湊たちが立っていたのは、どこにでもある錆びついたレールと朽ちかけた枕木が続く、ただの廃線跡だった。幻想の名残はどこにもない。4人は、まるで長い夢から同時に覚めたかのように、呆然と立ち尽くしていた。暦は空虚な空を、陽太は自分の足元を、樹はまだ圏外のままのスマートフォンを、そして湊は、白み始めた東の空を、それぞれの想いで見つめていた。
その時、背後の茂みがガサガサと激しく揺れた。獣か、と身構えた彼らの前に現れたのは、夜露に濡れそぼり、憔悴しきった表情の湊の母、美咲だった。乱れた髪、頬についた泥。彼女が一睡もせずに探し回っていたことは、誰の目にも明らかだった。
「湊…!」
息子の姿を認めた瞬間、美咲の張り詰めていた表情が崩れ落ちる。彼女はよろめくように駆け寄ると、感情のままに湊の体を力強く抱きしめた。骨が軋むほどの力だった。
「どこに行ってたの! 答えなさい、湊! どれだけ、どれだけ心配したと思ってるの! ただの肝試しや家出じゃないことくらい、お母さんにはわかるのよ! あなた、一体何をしていたの…。この町が、この星祭りの夜がどれだけ危ないか、何度も言ったでしょう! 数年前のアキラ君の時と同じように、あなたまでどこか得体の知れない場所に連れて行かれたんじゃないかって…そう思ったら、お母さん、息もできなかったのよ!」
それは怒声であり、悲鳴であり、そして祈りだった。母の震える声に含まれた深い愛情と恐怖が、湊の体に直接流れ込んでくる。心配事が起きるとエプロンの裾を握りしめる癖のある母が、今は息子の服を、まるで命綱のように強く握りしめていた。 湊はしばらく、母の腕の中でその激情を静かに受け止めていた。だが、彼はそっとその腕を解くと、母の肩に手を置き、真っ直ぐにその目を見つめ返した。ほんの数時間前までの、周りの空気に流されるだけだった少年の瞳ではなかった。
「お母さん、ごめんなさい。本当に、たくさん心配かけてごめん。でも、聞いて。僕はもう大丈夫だから。僕たちは、逃げたんじゃないんだ。ただ遊びでいなくなったんでもない。僕たちは…行かなくちゃいけなかった。呼ばれてたんだ。どうしても助けなきゃいけない誰かのために。それは、僕が初めて自分で決めて、みんなで一緒に決めて、あの線路に踏み出した一歩だったんだ。もう、ただ誰かに流されて歩くんじゃない。だから…見て。僕はここにいる。ちゃんと、自分の足でこの場所に立ってる。だから、もう大丈夫だよ」
力強く、それでいて穏やかな息子の声。その眼差しに宿る確かな意志の光に、美咲は息を呑んだ。この子は、自分の知らない一夜のうちに、何か途方もないものを乗り越えてきたのだ。彼女の特技である「失せ物を見つける勘」は、息子が失っていたもの、あるいは見つけられずにいた何かを、今確かにその手にしていることを告げていた。 美咲はそれ以上何も問わなかった。「信じて待つ」という、夜通しの祈りが届いたことを悟ったからだ。彼女は、湊の服を掴んでいた手をそっと離すと、今度はその手を優しく、しかし強く握りしめた。
「…帰りましょう、湊。みんな、待ってるわ」
その手の温もりが、湊を現実世界へと繋ぎとめる、何よりも確かな錨だった。夜明けの光が、土と朝露の匂いが立ち込める廃線跡で寄り添う親子と、それを見守る三人の仲間たちを、等しく照らし始めていた。
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