15話 それぞれの朝、ひとつの夏(エピローグ)

# 第3幕 発見:僕らがここにいる理由 ## エピソード5 それぞれの朝、ひとつの夏

夜明けの光が現実の輪郭を縁取る頃、4人はあの廃線跡から、まるで夢から覚めるように母家へとたどり着いた。玄関の引き戸を開けると、そこに広がっていたのは一睡もせずに待ち続けた大人たちの憔悴しきった顔と、安堵が入り混じった異様な静寂だった。誰かの嗚咽が漏れ、そして、憔悴しきっていたはずの美咲が、まるでこの時を予期していたかのように、台所から温かい味噌汁と炊き立てのご飯を運んできた。

食卓を囲んでも、誰も昨夜の出来事を問いただそうとはしなかった。ただ、湯気の向こうで顔を合わせた湊、暦、陽太、樹の間には、もはや言葉を必要としない空気が流れていた。ぎこちなく箸を進める彼らの間に横たわっていた他人行儀な溝は、一夜の幻想的な冒険によって完全に埋められ、そこには互いの弱さと痛みを知る者だけが分かち合える、確かな絆が生まれていた。昨夜までの気まずさが嘘のように消え、ただ、共有した秘密の重さと温かさが、彼らを静かに満たしていた。

数日が矢のように過ぎ、湊が都会へ帰る日がやってきた。じりじりとアスファルトを焼く真夏の日差しが、少しだけ傾き始めた午後。ローカル線の駅のホームは、終わらない蝉時雨に包まれていた。

「……まあ、非合理的な数日間だったが」 口火を切ったのは、意外にも樹だった。彼はスマホの画面から目を離し、どこか照れくさそうに眼鏡のブリッジを押し上げた。 「地磁気の異常も、集団幻覚も、結局どの文献データにも当てはまらなかった。…だが、データの取れない体験というのも、悪くはない。お前のあのコンパスが指した方角の先に、本当に道が開けたという事象は、今後の僕の研究テーマに加えてやってもいい」 「なんだよ、樹!素直に楽しかったって言えよな!」 隣で陽太が大きな声で笑い、樹の肩を叩く。「今度の冬、またみんなで集まってさ、今度は雪合戦な!絶対だかんな!約束だからな!」その純粋な言葉が、夏の終わりの郷愁を吹き飛ばすようにホームに響いた。

静かに彼らのやり取りを見ていた暦が、一歩前に進み出て、湊と目を合わせた。彼女の表情からは、あの夜までのミステリアスな影は消え、弟の呪縛から解放された者だけが持つ、穏やかで澄んだ光が宿っていた。 「湊。…本当に、ありがとう。あなたがあの夢を見続けてくれなかったら、私、きっと今もあの霧の中で立ち尽くしたままだった。あなたは、私が忘れたかった記憶の扉を開けてくれたけど、同時に、私が本当に忘れたくなかったものを思い出させてくれた。……今度は、あなたの番よ。誰かのための夢じゃない、あなた自身の夢を、あなた自身が見つける番。この町で、それを探してもいいんだから」

暦の言葉が、湊の胸に深く染み渡る。発車を告げるベルが鳴り響き、電車のドアが閉まる。窓の外で、小さくなっていく三つの影。陽太が力いっぱい手を振り、樹が少しだけ手を挙げ、暦が静かに微笑んでいる。

湊は窓ガラスに映る自分の顔を見た。ほんの数日前まで、この帰省を、この場所を、退屈だと感じていた自分がいる。だが、今は違った。流されるままだった自分の意志が、誰かを救う力になった。見えないものを信じる心が、道を切り拓いた。車窓を流れる見慣れた田園風景が、あのメルヘンチックで、どこか切ない異世界の風景と重なって見える。

(ここは、もう退屈な場所じゃない)

湊はポケットの中の「夢見のコンパス」を強く握りしめた。その針はもう、不思議な光を放つことはない。ただ静かに、進むべき未来の北を指している。

(ここが俺の、終着駅じゃない。始発駅だ)

忘れじの線路の冒険は終わった。しかし、湊の心には、自分の足で未来へと歩き出すという確かな決意と、この夏得たかけがえのない仲間たちの笑顔が、いつまでも消えない一番星のように、力強く輝いていた。

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