第11話 終着駅の告白
線路は、そこでふつりと途絶えていた。いや、あるいは、ここから全てが始まっていたのかもしれない。レールの終端は星屑のように淡い光の中へ溶け込み、その先には、夜空を逆さまにしたような、無限の光がきらめく静寂の世界が広がっていた。ここは「忘れじの線路」の終着駅。忘れられた記憶が還る場所。
その中心に、少年がひとり、佇んでいた。
実体はない。まるで陽炎のように輪郭は揺らぎ、周囲の記憶の光を薄衣のように纏うことで、辛うじて人の形を保っている。その姿を認めた瞬間、暦は息を呑んだ。血の気が引いた顔で、震える唇が、凍りついた時を溶かすように、絶望と奇跡がない交ぜになった響きでその名を紡いだ。
「……アキラ……?」
少年――アキラの「想い」は、ゆっくりと顔を上げた。姉に会えた喜びと、彼女を長年苦しませてきたであろう深い罪悪感が、その儚い表情に影を落としている。
「お姉ちゃん。……会いたかった」
その声は風に溶ける鈴の音のように、懐かしくも切ない響きで四人の胸に沁み渡った。陽太はごくりと唾を飲み込み、樹は目の前の非科学的な現象を説明する言葉を失い、ただ立ち尽くす。
「どうして……どうして、アキラがここに……。私のせいで、あの時、私が手を離したから……!」 暦の瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出す。何年も彼女を苛んできた罪の意識が、嗚咽となって迸った。しかし、アキラは静かに首を横に振る。
「違うよ、お姉ちゃん。僕のせいなんだ。僕が、ここにいたかったんだ」
アキラは、静かに真実を語り始めた。彼の言葉は、このメルヘンチックで幻想的な世界の成り立ちそのものを解き明かす、ひとつの詩のようだった。
「あの日、僕はこの世界に魅せられたんだ。事故なんかじゃなかった。神隠しでもない。見てよ、ここには、みんなが忘れてしまった宝物がたくさん眠ってる。無くしたビー玉、名前を思い出せなくなった友達との約束、初めて自転車に乗れた日の高揚感……。そんなキラキラした記憶が、星になって輝いてるんだ。僕は、この美しくて、少しだけ切ない世界が大好きになった。だから、自分の意志でここに残ったんだ。……ごめんね、勝手なことをして」
その告白に、暦は言葉を失う。自分が背負ってきた罪は、そもそも存在しなかったというのか。弟は、自分のせいで消えたのではなく、自ら夢の世界を選んだというのか。
「でも」とアキラは続けた。その表情が、初めてはっきりと悲しみに曇る。 「でも、知ってしまったんだ。僕がここにいることで、お姉ちゃんがずっと苦しんでいることを。僕を失った罪悪感に、心を縛られていることを。それが、この綺麗な世界で見る、たった一つの悲しい景色だった。僕のせいで、お姉ちゃんの時間が止まってしまっている。……それが、たまらなくつらかったんだ」
アキラの視線が、暦の後ろに立つ三人に向けられる。
「だから、呼んだんだ。お姉ちゃんを助けてほしくて。お姉ちゃんに魂の形が近いみんなに、僕の想いが届くように、『線路で待ってる』って夢を送り続けた。湊君、君が小さい頃から見ていたあの夢も、そう。僕がずっと、ずっと送り続けていた、姉さんの記憶を呼び覚ますための……弱くて、頼りないシグナルだったんだよ」
その言葉は、雷のように湊の心を貫いた。ただの傍観者だと思っていた。都会育ちの自分はこの土地に馴染めず、流されるままについてきただけだと。だが、違った。この旅は、最初から自分に宛てられた招待状だったのだ。自分の存在が、この物語の重要な鍵を握っていた。混乱と、そして初めて感じる確かな責任感が、湊の胸に込み上げる。
「……非科学的だ」 隣で、樹が絞り出すように呟いた。 「質量もエネルギーも観測できない。これは残留思念か?一種の情報フィールドが特定の条件下で具現化したとでもいうのか?……だが、そんな言葉で片付けていいものか。この、姉を想う『心』という、あまりにも強大な現実を」 彼のスマホは、とっくにただの黒い板と化している。その代わりに、樹は自分の目で、耳で、肌で、目の前の奇跡を必死に理解しようとしていた。
アキラの告白が、凍てついていた四人の関係性を、その核心から溶かしていく。ただの顔見知りの親戚だった彼らは今、暦を過去の呪縛から解放するという、たった一つの共通の目的で結ばれようとしていた。
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