第4話 階段の沈黙

旧館の裏手から戻ると、新館の廊下には、まだ文化祭の残り火のようなざわめきがあった。
誰かが大きな模造紙を抱えて走り、別の誰かがその後ろから「角、ぶつかる」と声を張っている。音楽室の前には、使い終わった絵の具の水を入れたバケツが並び、床には乾きかけた青い雫が点々と残っていた。遠くの教室では、軽音部のギターが同じコードを何度も間違えている。
私はその音の中へ戻ることができなかった。
二年B組の前まで来たとき、開きっぱなしの戸の向こうに、白い蛍光灯が見えた。机の上には、さっきまでまとめていた名簿がある。黒板には、消された出し物候補の跡が残っている。怜が拾い上げてくれた紙も、たぶんクリアファイルのどこかに挟まっている。
けれど、教室へ入るには、足が一歩足りなかった。
私は階段のほうへ向きを変えた。
三階へ上がる途中、窓の外が見えた。高台の下の港では、夕方の明るさがほとんど消え、倉庫の屋根やクレーンの骨組みだけが暗い線になっている。住宅街には、ぽつぽつと灯りがつき始めていた。誰かの部屋でテレビがつき、誰かが冷蔵庫を開け、誰かが今日の夕食を考えている。
校舎の中にいる私たちだけが、明日のために今日を使い切ろうとしていた。
三階の踊り場には、窓が半分だけ開いていた。
カーテンが風に持ち上がり、膨らみ、すぐに力をなくして窓枠へ戻ってくる。外から入る風は涼しくなかった。湿った夜の匂いと、古いコンクリートの冷たさを一緒に運んできて、汗ばんだ首筋を撫でていった。
私は階段に腰を下ろした。
膝の上には、紙切れが一枚あった。
焼却炉へ行く前、怜が資料の下から拾い上げたものだ。便箋の切れ端ではない。以前の下書きを破ったとき、捨てきれずに名簿の控えへ紛れ込ませていた紙だった。水色の紙の端が細く残っていて、そこには私の文字が途中まで見えている。
――できれば、今まで通り。
その下は破れていた。
怜は焼却炉の前で、これを私に返そうとして、結局渡しそびれた。火のそばで封筒を持っていた私の手が震えたとき、彼女は紙切れを差し出しかけた。けれど私は見なかった。受け取ったのか、怜が勝手に私の手に押し込んだのかも、はっきり覚えていない。
今は、それが膝の上にある。
紙の角には、何度も折った跡が白く残っていた。親指でなぞると、折り目が皮膚の柔らかい部分へ引っかかった。
階下から、靴音が近づいてきた。
私は顔を上げなかった。
足音は一度止まり、それから、ためらうように一段だけ上がった。
「雫」
怜だった。
いつもなら、私の名前を呼ぶと同時に隣へ座る。返事がなくても、肩をぶつけるくらいの近さまで来る。けれど今日は、踊り場の手前で足を止めていた。
私は紙切れを膝の上で伏せた。
「なに」
「ここにいたんだ」
「見れば分かる」
「そうだね。階段にいる人は、だいたい階段にいる」
怜は笑った。
声だけはいつもの調子だったが、笑いの終わりが妙に短かった。自分で言ったことを、自分で面白くないと分かっている笑いだった。
彼女は一段下に立ったまま、手にした缶ジュースを持ち上げた。
「これ、飲む?」
私は缶を見た。
青いラベルの炭酸飲料。自動販売機から出てきたばかりなのか、表面に細かな水滴が浮いている。缶の底から水が垂れ、怜の指の付け根を濡らしていた。
「いらない」
「うん」
怜はすぐに引っ込めると思った。
けれど、手はそのままだった。
「冷たいよ」
「見れば分かる」
「いや、見ただけじゃ温度までは分からないじゃん。雫、こういうの、触らないと納得しないでしょ。紙も、缶も、黒板の粉も」
「……今、それを言う?」
「ごめん」
怜の謝罪は早かった。
早すぎて、私の中で行き場をなくした。投げられたボールを受け取る前に、怜が自分で拾い上げてしまったような感じがした。
「謝るなら、ふざけないで」
「うん」
「でも、ふざけないと何を言えばいいか分からないんでしょ」
怜は答えなかった。
缶の水滴が、彼女の指を伝って手首へ落ちた。怜はそれを見下ろし、制服の袖口で拭った。いつもなら、そんな濡れ方をしたら大げさに騒ぐ。冷たい、最悪、雫のせい、などと、どうでもいい言葉をいくつも並べる。
今日は何も言わなかった。
「座る?」
私が聞くと、怜は一瞬だけ顔を上げた。
「いいの?」
「そこに立ってると、通れないから」
「なるほど。人間としてじゃなくて、障害物として許可された」
「そういう言い方をするなら、座らなくていい」
「座る。障害物でも何でもいいから、座る」
怜は一段下へ腰を下ろした。
私の隣ではなく、ひとつ離れた段だった。手を伸ばせば届く距離なのに、肩は触れない。膝の向きも少し外れている。二人とも、相手の身体へ正面を向けないように座っていた。
下の廊下を、生徒が二人通り過ぎた。
「明日、絶対寝坊するわ」
「もう今日寝てないじゃん」
笑い声が遠ざかる。
静かになると、扇風機の音も聞こえなくなった。階段の踊り場には、どこかの教室から漏れてくる蛍光灯の唸りと、窓から入る風の音だけが残った。
怜は缶を差し出したままだった。
私は受け取らなかった。
「それ、いつから持ってるの」
「雫が旧館へ行くって言ったときから」
「ずっと?」
「うん。途中で飲もうかと思ったけど、飲んだら雫の分がなくなるし」
「私、いらないって言った」
「言ったね」
「聞いたなら、飲めばいいのに」
「聞いたけど、いらないって言う雫は、だいたいあとで少し欲しくなる」
「決めつけないで」
「……そうだね」
怜は缶を膝の上へ置いた。
それでも、手を離さなかった。指先で缶の表面を撫で、水滴を一本ずつ拭っている。缶の銀色が、蛍光灯の光を細く返した。
私は膝の紙切れを見た。
「それ、返して」
怜の声がした。
「何を?」
「その紙」
「これは私の」
「うん。だから返してって言った」
「もう返した」
「私が渡した覚えがない」
「焼却炉で、雫の手に入れた」
「勝手に?」
「たぶん」
「たぶんって何」
「雫が持ってるのを見た気がする。私が渡した気もする。雫が自分で拾った気もする。火が近くて、暑くて、私も頭がちゃんと動いてなかった」
「怜はいつも、頭が動く前に手が動く」
「それは否定できない」
怜の口元が、少しだけ緩んだ。
私は笑わなかった。
笑わない私を見て、怜の口元もすぐに戻った。笑いかけた形だけが、消えきらずに残る。黒板の文字のようだった。
「雫」
怜は缶を見つめたまま言った。
「さっきのこと、もう一回謝っていい?」
「何回目?」
「ちゃんと数えてない。でも、何回謝っても足りない気がするから、数える意味はないと思う」
「謝られるたびに、私が返事をしなきゃいけないみたいになる」
「うん」
「ごめんって言われたら、大丈夫って言うのが普通でしょ。でも、大丈夫じゃないのに大丈夫って言ったら、今度は私が嘘をつくことになる」
「うん」
「だから、謝られるのも困る」
「じゃあ、謝らないほうがいい?」
「それも違う」
「……難しいね」
「私が難しくしてる」
「違う。私が勝手に簡単だと思ってただけ」
その言葉を聞いて、私は初めて怜のほうを見た。
怜は一段下にいる。顔を上げれば目が合う位置なのに、彼女は缶に視線を落としていた。明るい茶色の髪が頬へ垂れ、片側の耳だけが見えている。そこには小さな銀色のピアスがあった。いつからつけていたのか、私は知らなかった。
知っているつもりの相手なのに、知らないところがいくつもある。
「簡単だと思ってたって、何が?」
怜は少し黙った。
「雫は、何をされても怒らないから。いや、怒らないんじゃなくて、怒る前に自分で片づけるから。誰かに嫌なことをされても、相手が困らない形に直してから返す。だから私、雫が本当に嫌なことをされたときも、最後にはいつも通りになると思ってた」
「いつも通りにならないと、怜は困る?」
「困る。怖い」
「私が怒ることより?」
「怒られるなら、まだいい。怒ってるって分かるから。でも雫が黙ると、私はどこに立っていいか分からなくなる。近づいていいのか、離れたほうがいいのか、謝るべきなのか、黙るべきなのか。だから、いつも何か言ってしまう。雫が決める前に、私のほうで空気を決めようとする」
「空気は、怜が決めるものじゃない」
「分かってる。でも、そう思ってた。二人のあいだに変な空気があったら、私が笑わせれば、まだ壊れてないことにできるって」
怜はそこで、やっと顔を上げた。
「でも、笑っても壊れてないことにはならなかった。むしろ、笑わない雫を見て、私のほうが勝手に傷ついてた。雫に嫌われたかもしれないって思って、それを隠すためにまた冗談を言って、もっと雫を困らせた。私、ずっと自分が傷つかないために明るくしてたのかもしれない」
言葉が途切れた。
怜は続けようとして、唇を閉じた。
私は紙切れの角を折った。細い紙が、指の力に従って新しい線を作る。
「私も、似たようなことをしてる」
「雫が?」
「うん。私も、自分が傷つかないように、何も言わないでいた。怜が踏み込んできても、嫌なら嫌って言えばよかったのに、言わなかった。言ったら、怜が困るから。怜が困った顔をすると、私まで悪いことをしたみたいになるから。だから、平気なふりをして、あとで一人で紙を破った」
怜の手が缶の側面で止まった。
「手紙?」
「うん」
「何枚くらい?」
「数えてない」
「……たくさん?」
「たくさん」
「私が知らないところで、そんなに書いてたんだ」
「知らないところで書いて、知らないところで破ってた。そうしていれば、誰にも迷惑をかけないと思ってた」
「でも、雫は迷惑をかけない代わりに、自分へ全部押しつけてた」
「怜に言われたくない」
「うん。そうだと思う」
怜は笑わなかった。
その返しが、少しだけ意外だった。怜なら、そこは「じゃあ誰に言われたいの」とふざけると思っていた。けれど、彼女は言葉をそのまま受け取った。
下の階から、戸の閉まる音がした。
窓の外では、港の灯りが増えていた。最初は一つずつだった光が、今では暗い斜面に沿って連なっている。遠くから見ると、どの灯りも同じ大きさに見えた。けれど、その一つひとつに誰かの夜がある。
私は紙切れを裏返した。
裏面には、薄く鉛筆の跡が残っていた。消しゴムで何度もこすったせいで、紙の表面が毛羽立っている。
――返事はいりません。
その一行だけが、かろうじて読めた。
「それ、なんて書いてあるの?」
怜が尋ねた。
私は反射的に紙を握り込んだ。
「見ないで」
「見てない」
「見ようとした」
「ごめん」
「また」
「今のは、本当に見てない。雫が持ってるものだから、見ないようにしてた。でも、雫が裏返したから、見えた」
「見えたなら、視線を外して」
「うん」
怜はすぐに顔を前へ向けた。
窓の外を見る横顔が、妙に素直だった。いつもの怜なら、見えちゃったものは仕方ないとか、文字が大きいんだよとか、何か一言足して逃げる。けれど今は、顔を逸らしたまま動かなかった。
私は紙を膝の上へ戻した。
「返事はいりません、って書いた」
「うん」
「でも、本当は欲しかった」
「返事?」
「うん。でも、返事をもらって、嫌なものだったら困るから。いらないって書けば、もらえなくても傷つかないと思った」
「それ、返事がいらないんじゃなくて、悪い返事を聞きたくないだけじゃん」
「そう」
「雫って、たまにものすごく正直だよね。紙の上だけ」
「怜」
「ごめん。今のは……」
「分かってる」
言ったあと、私は自分の声が少し柔らかくなっていることに気づいた。
怜も気づいたのか、こちらを見た。私は視線を外す。階段の手すりに巻かれた古い黄色いテープが目に入った。端が剥がれ、下の金属が黒く露出している。
「律から返事が来たら、どうするの?」
怜の声が、さっきより低くなった。
私は紙切れを折る手を止めた。
「分からない」
「好きって言ったら?」
「それは、律が決めることだから」
「違う。そう言われたら、雫はどうするの」
「分からない」
「じゃあ、嫌だって言われたら?」
「分からない」
「どっちも分からないんだ」
「今は」
「今は、か」
怜は一度、息を吐いた。
「私は、雫が律に手紙を書いたことを知ってる。読んだから。だから、律に何か言われたら、たぶん私は気にする。雫が嬉しそうにしたら嬉しいし、泣いたら困るし、律が雫を雑に扱ったら腹が立つ。でも、それを私がどう思うかは、雫には関係ないよね」
「関係なくはない」
「あるの?」
「怜は親友だから」
言葉にした瞬間、胸の奥がひどく狭くなった。
親友。
今まで何度も使ってきた言葉なのに、口から出ると、階段の踊り場に置かれた大きな荷物のようだった。怜も聞き流せなかったらしく、缶を持つ手がわずかに強くなった。
「親友だから、何をしてもいいわけじゃない」
私は続けた。
「親友だから、何をしても許せるわけでもない。親友だから、言わなくても分かってほしいわけでもない。……でも、親友だから、分からないままでも隣にいることはできるかもしれない」
怜は黙っていた。
沈黙が長くなった。
その長さを、私は数えた。十秒。二十秒。三十秒。怜は缶を開けなかった。冗談も言わなかった。膝を揺らすこともなく、ただ一段下に座っている。
これまでなら、怜が先に何かを言うまで、私はその沈黙を自分の失敗だと思っていた。私がうまく返さないから、怜が困っている。私が空気を悪くしている。私がもっと普通に笑えば済む。
けれど今は、怜も沈黙のなかにいる。
私ひとりの責任ではない。
「……雫」
怜がようやく口を開いた。
私は顔を上げなかった。
「なに」
「今の、もう一回言って」
「嫌」
「なんで」
「一回しか言えないから」
「そっか」
「怜は、何でももう一回言わせる」
「うん。聞き逃したくないから」
その声には、笑いがなかった。
私は紙切れを指で押さえた。怜の手が、私の手の近くにある。階段の段差ひとつ分しか離れていない。けれど触れようとはしない。触れないことを、怜が自分で選んでいる。
その距離が、昨日までとは違って見えた。
「缶、置けば」
「え?」
「ずっと持ってるから」
「持ってていいよ。冷たいし」
「手、濡れてる」
「これは気遣いの汗」
「缶の汗でしょ」
「そういうところ、雫は本当に雫だね」
「意味が分からない」
「分からなくていい。今のは、分からないまま言いたかった」
怜は缶を一段下へ置いた。
金属が石の段へ触れ、小さな音を立てる。
その音だけが、妙に長く残った。
「明日、どうする?」
「文化祭の準備をする」
「そうじゃなくて」
「それ以外は、決めてない」
「私と?」
「分からない」
「教室で隣に座ってもいい?」
私は少し考えた。
「前みたいに、急に肩を叩くのはやめて」
「分かった」
「机の中を覗かないで」
「分かった」
「私が黙ってるとき、すぐ冗談を言わないで」
「……努力する」
「努力じゃなくて」
「待つ。待てるようにする」
「できる?」
「できないかもしれない。でも、できないからやらない、にはしたくない」
怜は一段下の缶を見た。
「雫が返事をするまで、待つ。返事をしないなら、しないまま待つ。たぶん私は、今までそれをしたことがなかった」
私はその言葉を聞きながら、窓の外を見た。
カーテンがまた持ち上がった。湿った夜風が、今度は少しだけ強く吹き込んでくる。うなじに触れた風が、汗の残った肌を撫で、すぐに離れた。
「怜」
「なに」
「明日、私はたぶん、うまく話せない」
「うん」
「何度も黙ると思う」
「うん」
「笑うかもしれない。変なところで」
「それは、いつも通りじゃん」
「……今、冗談?」
「半分。半分は、雫が笑っても、笑わなくても、どっちでもいいって言いたかった」
怜は言葉を探すように、少しだけ間を置いた。
「雫が笑ったから大丈夫、とは思わない。笑わないから終わり、とも思わない。たぶん、そういうふうにしたい」
その言葉は、整っていなかった。
途中で何度もつまずき、怜自身も言い直しながら、それでもこちらへ届こうとしていた。
私は紙切れを半分に折った。折り目はすでにいくつもあったから、新しい線は古い線と重なり、どこが最初なのか分からなくなった。
「その紙、捨てる?」
怜が聞いた。
私は紙を見た。
「分からない」
「燃やす?」
「分からない」
「じゃあ、持って帰る?」
「……たぶん」
「雫が決めるまで、持ってればいいよ」
「怜が言うと、簡単に聞こえる」
「実際は簡単じゃないよ。私も、読んだものをどうすればいいか分からない。忘れられないし、なかったことにもできない。でも、だからって雫のところへ返して終わり、にもしたくない。雫が書いたものを読んだ私の中にも、それは残るから。残ったものを、私の都合で消したくない」
「……それ、重くない?」
「重いよ。だから持つ」
怜は缶のプルタブへ指をかけた。
今度は開けるのかと思った。
けれど、指を乗せただけで、また離した。
「飲まないの?」
「雫が飲んでないから」
「私はもういらない」
「じゃあ、飲んでいい?」
「聞く意味ある?」
「ある。今は」
私は怜を見た。
怜は、缶を開ける許可を待っていた。そんなことまで確認する必要はない。炭酸飲料を飲むだけなのだから、勝手に開ければいい。けれど怜は、勝手にしなかった。
「いいよ」
怜はプルタブを起こした。
ぷし、と小さな音が鳴る。炭酸の匂いが、階段の湿った空気に混じった。怜は一口だけ飲み、顔をしかめた。
「やっぱりぬるい」
「だから言った」
「雫が受け取ってくれないから」
「私のせいにしないで」
「ごめん」
「それも、もういい」
「うん」
怜は缶を両手で包んだ。
私は紙切れを制服のポケットへ入れた。布越しに、折り目の硬さが太腿へ触れる。封筒は鞄の内ポケットにしまってある。焼却炉へ持っていくはずだった紙と、焼け残った紙の匂いが、まだ指先のどこかに残っている。
教室へ戻る時間は、とうに過ぎていた。
屋上へ向かう廊下の先には、鍵のかかった扉がある。今日はそこまで行かなかった。行かなかったことを、怜も指摘しなかった。
一段下に置かれた缶から、炭酸の気泡がかすかに鳴っている。
怜は飲み終えるまで、そこにいた。
私は何も言わなかった。
怜も、何も言わなかった。
窓の外で、港の灯りが水面に細く揺れている。見えない風が海から高台を上り、校舎の隙間を抜けて、カーテンをまた少しだけ持ち上げた。
落ちてきた布が、怜の肩に触れた。
怜はそれを直さなかった。私も手を伸ばさなかった。
ただ、長くなった沈黙のなかで、私たちはそれぞれの一段を保ったまま、同じ窓の外を見ていた。
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