9話 ゴミ置き場の手

高瀬恒一と話すなら、ゴミ置き場の前がいいと思った。

部屋の前では、壁が近すぎる。駐輪場では、誰かの自転車や植え込みが視線を隠してしまう。ゴミ置き場なら、扉一枚を隔てて外とつながっている。人が来ればすぐ分かるし、逃げる方向もいくつかある。高瀬のような人間は、閉じた場所より、逃げ道の残った場所のほうが口を開く。

そう考えた自分に、少し驚いた。

いつの間にか私は、誰かと話す場所を選ぶようになっていた。相手の足音を聞き、立つ位置を考え、会話の途中でどこへ視線を逃がすかまで予測しようとしている。澪がしていたことを、私は遅れて真似ていた。

夜のゴミ置き場は、建物の裏側にあった。

正面玄関から見えない位置にあり、駐輪場を抜けた先、コンクリートの壁と古い物置に挟まれている。照明は一つしかなく、白い光が金属製の扉と、積み上げられた分別箱を平たく照らしていた。雨上がりの地面には水が薄く残り、靴底を置くたび、黒い水が横へ逃げた。

生ゴミの甘い臭いに、濡れた段ボールと洗剤の匂いが混じっていた。誰かが捨てた缶の中で、残った酒が腐ったような匂いを立てている。風が吹くたび、分別箱の蓋がかすかに震えた。

私は金属片をポケットの中で握った。

それは昨日、駐輪場の隅で拾ったものだった。自転車のタイヤに踏まれたのか、片側が少し曲がっている。薄い金属の細長い部品で、端に小さな穴が二つ開いていた。最初は自転車の荷台か、駐輪場の設備の一部だと思った。

けれど、七〇二号室のドアの近くで見たものと、形が同じだった。

あのときは、表札の剥がれた紙片に気を取られて、床に落ちた部品まで拾わなかった。後から廊下へ戻ったときには、もう見つからなかった。だから、駐輪場で同じ形のものを見つけた瞬間、私はそれを偶然とは考えられなかった。

午後十一時を過ぎたころ、ゴミ置き場の向こうから足音がした。

一歩目が重い。二歩目は少し外側へ流れる。作業靴の底が濡れた床を擦り、三歩目で止まる。

高瀬だった。

作業着のポケットに片手を入れたまま、こちらへ近づいてくる。煙草を吸ったばかりなのか、衣服から紙巻きの乾いた匂いがした。無精ひげの影が、照明の下で濃く見える。彼は私の顔を見ず、最初に足元を見た。それからゴミ置き場の扉、駐輪場の奥、建物の非常階段へ順番に目を動かした。

「何してる」

「待っていました」

「俺を?」

「はい」

高瀬は舌打ちをした。

「暇だな。管理人にでも聞けよ。あいつなら、何でも処理してくれる」

「森岡さんには、もう聞きました」

「じゃあ終わりだろ」

「終わりにしたくないんです」

高瀬は私を見た。目つきは荒かったが、怒っているというより、私の背後に誰かいないかを確かめているようだった。

「片桐さんのことで、聞きたいことがあります」

「知らねえよ」

「まだ何も訊いていません」

「どうせ同じだ。あの女と口論してたのか、夜中に何を運んでたのか、七〇二号室へ入ったのか。そういう話だろ」

「では、答えられることから答えてください」

「警察かよ」

「警察ではありません」

「警察よりたちが悪い。素人は自分が正しいと思ったら、どこまでも来るからな」

高瀬はポケットの中で何かを探った。指先が布越しに動く。鍵か、煙草か、それとも別のものか。私は一歩だけ近づき、ポケットから金属片を出した。

照明の下へ差し出す。

高瀬の顔から、荒さが一瞬だけ抜けた。

ほんのわずかな変化だった。眉が動いたのではない。口元の力がほどけ、呼吸が一度止まった。私がそれを見たことに気づくと、彼はすぐに顔を背けた。

「これを知っていますか」

「知らねえ」

「駐輪場で拾いました。七〇二号室の扉の近くで見たものと同じです」

「同じって、何が」

「細い固定具のような部品です。端に穴が二つある。扉の周りに何かを取り付けるためのものに見えました」

「見えました、だろ。見ただけで決めつけるな」

「決めつけてはいません。だから訊いています」

高瀬は金属片を見ようとしなかった。代わりに、ゴミ袋の結び目へ視線を落とした。透明な袋の中に、弁当の容器や潰れた段ボールが見える。そのひとつに、細い黒い結束バンドが絡まっていた。

高瀬はそれを見つけると、靴先で袋を奥へ押し込んだ。

「それ、何に使うものですか」

「工具の部品だ」

「何の工具ですか」

「工具は工具だ」

「七〇二号室の近くで見たものと、駐輪場で拾ったものが同じなら、誰かがそこから何かを運び出した可能性があります。高瀬さんは、夜中に荷物を運んでいましたよね」

高瀬の舌打ちが、今度は聞こえなかった。

彼は私を見たまま、片手をポケットから出した。指の関節が汚れている。爪の間には黒い油が残り、作業着の袖口は濡れていた。

「誰に聞いた」

「誰にも」

「嘘だな」

「澪さんの手帳に、六〇一号室と書かれていました」

高瀬の顔が硬くなった。

「その名前を、ここで出すな」

「なぜですか」

「聞こえる」

「誰に?」

「誰でもだ」

彼はゴミ置き場の扉へ視線を向けた。扉の向こうには、濡れた道路と、駐輪場の屋根があるだけだった。けれど高瀬は、そこに誰かが立っているように見ていた。

「この建物では、声は思ったより遠くへ行く。壁を伝って、階段を下りて、配管の中を回って、聞かれたくない奴のところへ届く。だから、話すなら歩きながらにしろ。立ち止まって話すと、言葉が残る」

「澪さんも、そう思っていたんですか」

「澪は、俺よりずっと頭がよかった。声を残さない代わりに、紙を残した」

「あなたは、彼女の記録を知っていた」

「知ってたんじゃない。見たんだよ。見ちまった」

「いつですか」

高瀬は答えず、ゴミ置き場の扉を開いた。

蝶番が軋み、内部の冷えた臭いが外へ流れ出した。彼は中へ入らず、扉を半分開いたまま手で押さえた。金属の縁に指を置き、外から来る風を測るようにしている。

「何度か、あの女と揉めてた。そういう噂になってたのは知ってる」

「実際に口論は?」

「してた」

「何についてですか」

「騒音じゃねえ。夜中の荷物だ。誰が運んで、どこへ入れて、何時に出すか。そういう話だ」

「違法な荷物ですか」

「そこまでは知らねえ」

「でも、普通の荷物ではなかった」

高瀬は、扉から手を離した。

「普通の荷物なら、あんな時間に運ばない。エレベーターを使わず、非常階段を通る。段ボールじゃなく、口を二重に縛った袋を使う。持つときは両手で抱える。中身が崩れるからだ。袋の底が床へ触れると、擦れる音がする。俺はそういう音を聞いてきた」

「誰が運んでいたんですか」

「顔は見てない」

「見ていないのに、分かるんですか」

「足音で分かる。靴底の硬さ、階段へ置く間隔、荷物を持ったときの呼吸。お前だって分かるだろ」

その言葉に、私は返事ができなかった。

高瀬は私の耳を見ているようだった。

「お前は、音を聞き分ける。だから七〇二号室の音を覚えてた。違うか」

「……なぜ、それを」

「廊下で、いつも立ち止まってた。音がしたほうへ顔だけ向けて、すぐ戻す。あれは聞いてる奴の動きだ」

「見ていたんですね」

「見ていた。お前も俺を見ていた」

「私は、あなたが澪さんと口論していたと思っていました」

「そう思わせてた」

「わざと?」

「わざとだ」

高瀬はそこで初めて、私の手にある金属片を見た。

「誰かが荷物を運ぶたび、俺が怒鳴っていれば、住人は俺のほうを見る。管理会社に苦情を入れる。警察を呼ぶ奴もいた。そうすれば、本当に運んでいる奴は見えなくなる」

「澪さんも、そのことを知っていた?」

「知ってた。だから俺に言ったんだ。やめろって」

「何を?」

「悪者のふりをするのを」

風が吹き抜け、ゴミ置き場の扉が高瀬の手から離れた。扉はゆっくり閉まりかけ、途中で止まった。錆びた蝶番が、一定の間隔で軋んでいる。

「澪は、俺にこう言った」

高瀬は扉を見たまま続けた。

「見ているなら、見ていないふりをしないで、ってな。大声で言ったわけじゃねえ。あいつは、いつもそうだ。怒鳴らない。だから、言われたほうは逃げられない。俺がどんな顔をしても、何を運んでも、全部見てるみたいに言いやがる」

「その記録を、澪さんはどこへ?」

「知らない」

「あなたは、手帳を見たんですよね」

「見た。だが、全部じゃない。あいつは人に見せるために記録してたんじゃない。見られたとき、どこまで見せるかを自分で決めてた」

「その夜、何を運びましたか」

高瀬の指が、作業着のポケットを強く押さえた。

「答えたら、俺が片桐を運び出したみたいに聞こえる」

「そうは言っていません」

「お前が言わなくても、そう聞こえるんだよ。部屋番号と荷物と、俺の顔が揃えば、話は勝手に出来上がる」

「では、事実だけ教えてください」

「事実?」

高瀬はようやく私を見た。怒りのようなものが、その目の奥で揺れていた。だが、それは私へ向けた怒りではなく、もっと長い時間の中で積み上がったものに見えた。

「事実ってのは、誰かが袋を運んでたことか。管理会社の人間が、夜中に鍵を使ってたことか。部屋から出てきた人間が、翌朝には別の名前になってたことか。それとも、見た奴らが全員、見なかったことにしたことか。どれを事実と呼ぶんだ」

私は黙っていた。

高瀬は続けた。

「俺は何度も止めようとした。階段で待ち伏せして、荷物を持ってる奴に聞いたこともある。そしたら、すぐに管理会社から電話が来た。『高瀬さん、住人の出入りについて誤解があるようです』ってな。誤解じゃねえ。目の前にあった。でも、書類には何もない。荷物の受け渡しも、部屋の名義も、全部きれいになってる。そうなると、怒鳴ってる俺だけが異常者になる」

「澪さんは、あなたを異常者だとは思っていなかった」

「知らねえよ。あいつは俺を信用してなかった。俺が荷物を運ぶ側かもしれないと思ってた」

「実際に、運んだことは?」

高瀬は答えなかった。

扉の隙間から、濡れた夜気が入り込んでくる。生ゴミの臭いが薄れ、代わりに土と鉄の匂いが強くなった。遠くでバイクが走り、駐輪場の屋根を振動させる。高瀬の影が、照明の下で長く伸び、ゴミ置き場の床にある水溜まりへ沈んでいた。

「一度だけだ」

やがて、彼は言った。

「六〇五号室のときだ」

「芦田さんから聞きました。昔にも空室の夜があったと」

「芦田は、どこまで話した」

「六〇五号室が一晩で空になったこと。灯りが消え、監視カメラの映像も途切れたこと。夜間搬出の音を聞いたこと」

高瀬は目を伏せた。

「俺は、そのとき袋を一つ運んだ」

「誰に頼まれたんですか」

「頼まれたんじゃない。脅されたわけでもない。金をもらったわけでもない。俺が自分で持った」

「なぜですか」

「そこまで話す気はねえ」

「澪さんの失踪にも関係がありますか」

「関係はある」

高瀬は即座に答えた。だが、そのあとで、ひどく疲れたように息を吐いた。

「ただし、片桐を運んだわけじゃない。あいつは、あの夜まで七〇二号室にいた。俺はそれを聞いてる。お前が聞いた音のあとも、あいつは部屋にいた」

私はポケットの中で、金属片を握り直した。

「では、何を運んだんですか」

「記録だ」

「記録?」

「紙の束だ。ノートや写しや、郵便の控え。あいつが集めてたものだ。七〇二号室から運び出される前に、俺が一部だけ預かった」

「どこへ運んだんですか」

「言えねえ」

「なぜ」

「まだ、そこにあるからだ」

高瀬は私を見た。

「俺が持ってるわけじゃない。だが、誰かの手に渡っている。だから言えない。名前を出したら、その人間まで消される」

「その記録の中に、今回のことが?」

「ある。片桐は、マンションの住人がどうやって入れ替わったかを書いてた。名義のない人間が住み、名義のある人間がいなくなる。苦情が出れば、高瀬という騒音男が騒ぎを起こしたことになる。退去届が出れば、本人の都合になる。監視カメラが切れれば、機械の不調になる。全部が別々のことに見えるよう、誰かが順番を整えてた」

「大原由紀ですか」

その名前を口にすると、高瀬の視線が私の肩越しへ逃げた。

「名前を知ってるのか」

「芦田さんが、彼女を七〇二号室が空になる前の夜に見ています。非常階段から降りてきた。薄いファイルを持っていた」

「大原は、紙を一枚だけ持つときほど、ファイルを使う」

「どういう意味ですか」

「紙一枚なら、手で持つほうが早い。だが、あの女は必ず薄いファイルへ入れる。中身を見せないためじゃない。見た人間に、たいしたものじゃないと思わせるためだ。書類に挟めば、何でも事務になる」

高瀬は乾いた笑いを漏らした。

「片桐は、それを嫌ってた。紙をファイルへ入れれば、紙の角が揃う。揃った紙は、正しいことに見える。だからあいつは、わざと折れた紙や、汚れた控えを残した。現場の手触りを消さないために」

私は澪の手帳の切れ端を思い出した。整った細い字。だが、最後の「なし」だけは筆圧が深かった。紙の上に、消えないよう押し込まれた三文字。

「この部品は、何に使うものですか」

私は金属片を高瀬へ近づけた。

彼はしばらく見つめ、それからポケットから古い六角レンチを取り出した。工具の柄は擦れて銀色になっている。彼は部品を受け取らず、指先だけで端を示した。

「監視カメラの固定金具だ」

「カメラの?」

「正確には、カメラの台座を壁に留める金具の一部だ。古い型だから、今はあまり使わない。だが、メイプルコートの廊下にはまだ残ってる」

「では、映像が途切れたのは」

「カメラが壊れたんじゃない。台座がずらされて、死角ができた」

「誰が?」

「それを見たのが、片桐だった」

高瀬の声が低くなった。

「七〇二号室の前で、あいつはカメラの向きが少し変わってることに気づいた。ほんの数度だ。普通の奴なら、何も変わってないと思う。でも、あいつは毎晩見てた。誰が通ったか、どこまで映るか、時間ごとに覚えてた」

「そのことを、管理会社へ?」

「言った。大原にも言った。そしたら大原は、笑ってこう言った。『機械は、人より正直ですから、変なことはしませんよ』ってな」

高瀬はそこで言葉を切った。

私の脳裏に、管理室で見た赤いインデックスの切れ端が浮かんだ。修正テープで塞がれた台帳。電話の向こうの誰か。閉じられた引き出し。整えられていく書類。

「澪さんは、それでも記録を続けた」

「続けた。だから消された」

高瀬は言い切ったあと、すぐに首を振った。

「いや、消されたと決めつけるな。あいつは自分で逃げた可能性もある。記録を渡すために、わざと自分を空室にした可能性もある。俺には、そこまで分からねえ」

「封書を私の郵便受けへ入れたのは、澪さんだと思いますか」

「お前の部屋へ?」

「差出人はありません。中に『見なかったことにして』と書かれていた。七〇二号室と、午後十時四十八分の時刻も」

高瀬の指が、六角レンチを強く握った。

「その時刻は、片桐が最後に記録を渡した時間だ」

「誰に?」

高瀬は答えず、ゴミ置き場の中へ入った。

私は反射的に一歩進んだ。高瀬は分別箱の脇に置かれた古い段ボールを持ち上げ、底を確認した。何もない。次に、壁際の黒い袋の結び目を見た。彼は袋の口を解かず、結び目だけを指でなぞる。

「高瀬さん」

「封筒は、お前に届いたんだろ」

「はい」

「なら、片桐が選んだんだ」

「なぜ私を」

「知らねえよ」

高瀬は段ボールを戻した。

「ただ、片桐は人を選ぶとき、親しさで選ばなかった。見ているのに、見ていないふりをしている奴を選んだ。そういう奴なら、記録を読んだあとで、自分のことも読むからだ」

胸の奥が鈍く痛んだ。

「私が、見ていないふりをしていたから?」

「お前は、七〇二号室の音を聞いてた。俺には分かる。片桐にも分かってたはずだ」

「それでも私は、扉を開けなかった」

「俺もだ」

高瀬は静かに言った。

「六〇五号室の夜、俺も窓を閉めた。音が聞こえなくなるように、自分で閉めたんだ。あれからずっと、夜になると階段を見に出る。何か起きてないか確かめるためじゃねえ。何か起きたのに、また窓を閉めてないか確かめるためだ」

私は彼の顔を見た。

粗いひげの下に、眠れない時間が溜まっている。怒鳴ることも、舌打ちすることも、すべて自分の弱さを隠すための動作だった。悪者に見えていれば、誰も彼の沈黙の中まで見ようとはしない。

「あなたは、澪さんを守ろうとしたんですか」

「守れなかった」

「それでも、記録を運んだ」

「俺が守ったのは、紙だけだ。人間じゃねえ」

「紙が残れば、人間の不在も残ります」

高瀬は私を見た。険しい顔のまま、目だけが少し揺れた。

「お前、片桐みたいなことを言うな」

「似ていません」

「似てるよ。言い方が静かなだけで、逃げ道を塞ぐところが同じだ」

その言葉に、私は何も返さなかった。

高瀬はゴミ置き場の外へ出た。扉が背後でゆっくり閉まり始める。私はそれを押さえようとしたが、高瀬が手を上げた。

「閉めろ」

「でも」

「閉めたって、見たことは消えねえ。閉めたほうが、臭いが中にこもるだけだ」

扉が閉じた。

金属の板が枠へ当たり、二度、戻った。

私はその音を聞いた。七〇二号室のドアが閉まったときと、少し似ていた。けれど、こちらには風があり、錆びた蝶番があり、戻ろうとする扉を押さえる手がある。

高瀬は駐輪場のほうへ歩き出した。

「高瀬さん」

呼び止めると、彼は振り返らずに足を止めた。

「その記録を渡した相手は、誰ですか」

しばらくして、高瀬が答えた。

「郵便受けのない部屋だ」

「部屋番号は?」

「まだ分からない」

「そんな部屋が、この建物に?」

「部屋はある。郵便受けだけがない」

高瀬はそれ以上、何も言わなかった。

作業靴の音が、駐輪場の濡れた床を遠ざかっていく。二歩目で水を踏み、三歩目で少し滑る。私はその音を聞きながら、ポケットの中の金属片を握った。

高瀬が去ったあとも、ゴミ置き場の扉だけが、しばらくゆっくり揺れていた。

開いた隙間から、湿った夜気が入り、腐った匂いを外へ押し出している。私は扉の縁へ手を置いた。金属は冷たく、掌の熱をすぐに奪った。

閉めることはできる。

鍵を掛けることもできる。

そうすれば、扉の向こうに何があったかを、見なかったことにできる。

私は手を離さなかった。

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ゴミ置き場の手 - 空室の綻び - 誰でも作家life