第1話 退職祝いの夜

退職祝いの席で、私は四十年分の礼を、同じ角度で何度も頭を下げて返していた。
商店街の料理屋の座敷には、白い百合と薄紫の花を束ねた花籠が置かれていた。花弁の縁には、店の冷房では乾ききらない湿り気が残っている。畳には昼間の熱がこもり、座布団の綿から、日に焼けた布の匂いが立っていた。卓上には刺身の皿、冷めかけた煮物、蓋を取られた茶碗蒸し。それらの間に、私の名前を金色の文字で印刷した記念文集が十冊ほど積まれていた。
表紙を撫でると、少しざらついた紙の感触が指に返った。印刷所で使う紙としては悪くない。ただ、背の糊が一冊ごとにわずかに違う。私はそんなことまで見てしまう。
「倉橋さん、四十年ですよ。四十年。ひとつの図書館に、いや、県立図書館に、これだけ長く勤めた人はそういません」
向かいに座った館長が、杯を持ち上げた。定年を迎えた私より十歳ほど若い。普段は資料の返却期限に厳しい人だが、今日は頬を赤くしていた。
「私が長くいただけです。図書館のほうが、私を置いてくださったのだと思います」
「またそうやって、棚の隅に自分を戻すんだから」
誰かが笑った。私も口元だけで笑った。
挨拶を頼まれたとき、私は短く済ませるつもりだった。長く勤めたことへの感謝と、後任への引き継ぎが終わったこと。それだけを話せば十分だと思った。けれど、皆の顔がこちらを向いていると、言葉は予定した順序から外れていった。
「図書館の仕事は、何かを知ることより、知らないままにしないことのほうが難しい仕事でした。資料を受け取ったら、誰が、いつ、どこから持ってきたものかを記録します。返却された本も、破れた頁があれば、そのことを記します。傷んだものを傷んでいないように扱うと、あとで別の人が困るからです」
話しているうちに、喉の奥が乾いた。館長が目を細め、隣の職員が黙って頷いていた。
「ただ、記録は残せばそれで済むものではありません。残したものを、誰かが確かめられる状態にしておくこと。並べたものが本当にその場所でよいのか、後から見直せるようにしておくこと。それが私の仕事だと思ってきました」
そこまで言って、私は言葉を切った。
自分でも、なぜそこで止まったのか分からなかった。
四十年間、記録について話すとき、私はいつも「確かめる」という言葉を使った。けれど、自分のことになると、確かめるべきものを一つだけ棚の奥へ押し込んできた。そういう感触が、料理屋の熱気のなかで突然、舌の裏に苦く広がった。
「倉橋さん?」
「いえ。少し、喉が乾いただけです」
私は湯呑みを持ち上げた。茶はもう温かった。渋みだけが残り、喉を滑っていかなかった。
席の端には、久保田義造がいた。元町内会長で、町の催しにはほとんど顔を出す男だった。私が図書館に勤め始めた頃から、寄贈資料を持ってきたり、町内の古い帳面を見せに来たりしていた。今日もきちんと髪を撫でつけ、薄い灰色の上着を着ている。祝いの言葉を求められると、彼は少し間を置いてから話した。
「倉橋さんには、ずいぶん町のものを預かってもらいました。町内会の古い帳面も、祭りの写真も、誰かの家から出てきた手紙も、倉橋さんは嫌な顔ひとつせずに見てくれた。見てくれたというより、置いてくれた、と言ったほうが近いかもしれませんな。どんなものにも、置かれるべき場所がある。そう考えておられた」
義造はそこで湯呑みに手を添えた。
「ただ、場所を決めるのは難しい。表に出してよいものと、家の中だけに置いておくものがある。町にも同じようなところがありましてな。倉橋さんなら、そのあたりもよく分かってくださるでしょう」
穏やかな声だった。祝いの席にふさわしい、角のない声だった。
けれど私は、彼の最後の一文だけを聞き取れずにいた。
分かってくださるでしょう。
何を、どこまで。
「倉橋さん、これ、皆さんからです」
若い職員が、記念文集を一冊、私の膝へ置いた。表紙には、私の名前と、退職の日付が印刷されている。手渡された一冊の角が、ほかの冊子より少しだけ潰れていた。
「帰ってからゆっくり読んでください。泣きますよ、きっと」
「人前で読まないでくださいね。こちらも恥ずかしい文章を書いてしまったので」
「藤野さんが何か変なことを書いたんじゃないですか」
「私は普通です。普通の寄せ書きしか書いていません」
少し離れた席から、藤野真帆の声がした。
真帆は市立図書館の臨時職員で、郷土資料の整理を手伝っている。退職する私に、わざわざ県立図書館まで来てくれた。眼鏡の奥の目が、文集ではなく私の手元を見ている。
「普通の寄せ書きというのは、どんなものですか」
「感謝と、今後もお元気で、です」
「それなら、私は書いていません」
「どうしてです?」
「倉橋さんは、元気でいるだけでは済まない人なので」
場の空気が一瞬だけ止まった。
真帆は悪びれずに続けた。
「退職したら、これまで見てきたものを、誰にも確認できない場所へ持っていくことになります。仕事の台帳から名前が消えて、鍵を返して、机も空になります。そういうときに、記憶だけを頼りにすると、たぶん少し危ない。だから、できればこれからも書いてください。書いたものは、誰かに見せなくてもいいです。でも、書いた本人があとで読める形にはしておいてください」
私は返事をせず、文集の表紙を指で撫でた。
「倉橋さんは、書いていますよね」
真帆は声を落とした。
「日記のことです」
「三十年ほど」
「四十年ではなく?」
「日記は、三十年前からです」
「では、まだ十年分、書いていない期間がある」
「書いていないのではありません。始めたのが三十年前というだけです」
「同じことではありませんか」
若い人は、ときどき残酷なほど正確だった。
「違います。書かなかった十年と、まだ書く習慣がなかった十年は、同じ空白ではありません」
「そうでしょうか」
真帆は微笑まなかった。
「記録にとっては、どちらも頁がないだけです」
その言葉に、私は顔を上げた。真帆はすぐに視線を外し、誰かが持ってきた花の札を整え始めた。札の向きが曲がっていたらしい。彼女はそれを真っ直ぐに直した。
私は四十年のあいだ、似たようなことをしてきた。曲がったものを直し、外れたものを戻し、余計なものを取り除き、足りないものを付箋で示した。そうしているうちに、記録の空白を見つけることが、職業上の技術ではなく、身体の癖になった。
その夜、私は自分の空白について、誰にも話さなかった。
料理屋を出ると、通りにはまだ人が多かった。商店街の上に張られた提灯が、風に揺れている。赤い紙の内側で電球が明滅し、石畳に細長い影を落としていた。店先からは揚げ物の油、魚の皮を焼く匂い、濡れた段ボールの匂いが流れてくる。夏の終わりが近いというのに、肌にまとわりつく空気は重かった。
夫は店の前まで迎えに来ていた。
「歩けるか」
「歩けます」
「荷物を持つ」
「文集だけです」
「文集でも重い」
夫は私の返事を待たず、腕から包みを取った。結婚してから長い年月が経つと、気遣いは言葉より先に手へ出る。彼は昔から、私が何かを頼むまで待つことがなかった。頼むという行為を、私が苦手にしていることを知っていたからだ。
家までの道は、港へ向かってゆるく下っていた。夕暮れの明るさはすでに薄れ、建物の隙間から海が灰色に見えた。風が吹くたび、遠くで船のロープが金具に触れる音がする。乾いた音ではなく、湿った金属音だった。
「四十年、終わったな」
夫が言った。
「終わったというより、返した感じがします」
「何を」
「鍵とか、館内印とか、貸出用の判子とか。仕事をしていたときは、返すものがたくさんありました。今日は、自分まで返却したような気がします」
夫は少し黙った。
「返却期限が来たら、次の人が使う」
「本ではありません」
「分かっている」
夫の声は穏やかだった。
「でも、お前が空っぽになったわけではない。明日の朝も飯は食うし、新聞も読む。湯呑みの置き場所も直す」
「それは、やめられないだけです」
「やめなくていい」
夫はそう言って、包みを持ち直した。
私はその横顔を見た。街灯の下で、彼の髪に白いものが増えている。退職を祝う席で、私は自分の四十年の話ばかりしていた。けれど、家で待っていた夫が、私の最後の一日をどんな気持ちで見送ったのかは聞かなかった。聞く必要がないと思っていたのかもしれない。長く一緒にいると、聞かないことも親しさの形になる。
だが、聞かないことと、見ないことは同じではない。
その考えが浮かんだとき、私は歩みを少し遅くした。
「どうした」
「いえ」
家に着くと、夫は玄関の明かりをつけ、文集の包みを居間の食卓へ置いた。私は靴を脱ぎ、揃えた。夫の靴が少し斜めになっていたので、つま先を同じ線に合わせた。
「今日はもう休め」
「書斎を見てきます」
「退職した日にまで仕事をするのか」
「仕事ではありません。確認だけです」
夫は何か言いかけたが、結局、冷蔵庫から麦茶の瓶を取り出した。薄いガラスの瓶に、細かな水滴が浮いている。私の朱塗りの湯呑みに注ぎ、机の端へ置いた。
「喉が乾いているだろう」
「ありがとう」
「書斎に置いておく。飲み終わったら、そのままでいい」
「そのままにはしません」
「知っている」
夫は居間へ戻っていった。テレビの音が低く流れ始める。
私は書斎の戸を開けた。
昼間の熱が、まだ部屋の奥に残っていた。窓は閉めていたが、網戸の隙間から潮の匂いが入っている。古い木の机、壁際の本棚、右手の戸棚。見慣れたものが、見慣れた場所にある。退職の夜だからといって、部屋の中まで何かが変わるわけではない。
私はまず麦茶の湯呑みを机の右上へ移した。鉛筆は索引カードの上から外し、カードの束は長辺を揃える。眼鏡を畳んで、その横に置く。四十年働いたあとも、手は仕事の続きを知っていた。
戸棚を開ける。
上段には古い辞書、中段には私用の手紙と家計簿、下段には保存袋に入れた写真や書き損じのメモがある。私は一つずつ、背表紙と袋の向きを確認した。
そのとき、戸棚の奥にあるはずの箱が目に入らなかった。
見えないのではない。ないのだ。
倉橋家の日記箱は、下段の右奥に置いていた。潮で角が白く擦れた、濃い茶色の木箱。鍵穴のまわりだけが黒ずみ、蓋の縁に細い亀裂がある。私が三十年前から、毎年一冊ずつ日記を入れてきた箱だった。
箱があった場所には、埃の薄い長方形が残っていた。
私は手を伸ばした。指先が棚板に触れる。乾いた木の感触がある。箱の側面に触れるはずだった場所には、何もなかった。
戸棚の中をすべて出した。辞書を机へ移し、手紙の束をひとつずつ持ち上げ、写真袋の裏まで確かめた。日記箱だけがない。ほかのものは、驚くほど元の場所にあった。
私は戸棚の前に立ったまま、しばらく動けなかった。
盗まれた。
その言葉が頭に浮かんだが、声にはならなかった。
箱の鍵は、机の上に落ちていた。
銀色ではなく、古い鉄の色をしている。私はそれを拾い上げた。金属の冷たさが指先から手のひらへ移り、夏の湿気とは別の冷えが腕を上ってきた。
鍵が残っているということは、箱を開けるために錠を壊したのではない。鍵を使ったのか。あるいは、箱そのものが開いた状態で運び出されたのか。私は鍵の歯を明かりにかざした。傷はない。表面に新しい擦れもなかった。
机の上に、白い紙が一枚置かれていた。
料理屋から帰ったときには、そこに紙はなかった。少なくとも私は、机の上を整える際に見ている。索引カードの下にも、鉛筆の横にも、眼鏡のそばにも、何もなかった。
紙の中央に、細い字で一行だけ書かれていた。
三十年分、あなたは見て見ぬふりをした。
私は紙を持ち上げた。印刷ではない。万年筆か、細いボールペンか。文字の線はわずかに震えているが、書き手の手が震えていたのか、意図的に速度を落としていたのかは分からない。「三十年分」の三の払いが長く、「あなた」の「な」が少し潰れていた。
私は、筆跡を見分ける仕事をしてきた。
寄贈者が自分で書いた名前か、家族が代筆したものか。古い帳面の同じ人物の署名が、年を追ってどう変わるか。そういうことなら、紙を見ればある程度は分かる。けれど、この一行の筆跡には、判断を拒むような整い方があった。
私は椅子に座らず、紙を机へ戻した。
三十年分。
日記を書き始めた年から数えれば、確かに三十年になる。だが、私の人生には四十年の勤務があり、夫との暮らしがあり、子どものいない家の静けさがあり、図書館の地下書庫で過ごした夜がある。なぜ三十年なのか。誰が、その数を知っているのか。
私は自分の日記の内容を思い出そうとした。
朝、何時に起きたか。図書館で誰と会ったか。どんな資料を受け取ったか。季節の変わり目に夫が咳をしていたこと。冬に給湯器が壊れたこと。そういう日々の細部は、かなり覚えている。
けれど、三十年前の夏だけは、思い出そうとすると順序が崩れた。
港の鐘。
湿った石。
図書館の裏口。
誰かの靴。
その先に、何かがある。
私は目を閉じた。暗い瞼の裏に、夜の水面が浮かんだ。灯りが揺れ、潮の匂いが強く、どこかで人の声が重なっている。誰かが私の名前を呼んだ気がする。けれど、その声の主が誰なのかは出てこない。
私は目を開けた。
紙は机の上にあり、鍵は手のひらにあり、箱だけが消えている。
夫が居間から呼んだ。
「静子、麦茶は飲んだか」
「まだです」
「なら、冷たいうちに飲め」
「はい」
私は返事をして、湯呑みを見た。麦茶の表面には、書斎の明かりが細く映っている。私はそれを一口飲んだ。冷たさはもう薄れていたが、喉の乾きだけは消えなかった。
紙の端を指で押さえる。
ざらついた感触が皮膚に残った。
私はこれまで、空白を見つければ埋めるか、埋められない理由を記録してきた。ところが今、目の前にある空白は、私の手で作ったものではない。誰かが日記箱を持ち去り、私の書かなかった部分だけを知っている。
そう思った瞬間、胸の奥に、遅れて別の感覚が生まれた。
盗まれたのは日記だけではない。
三十年間、私は箱の中に、自分が見たものと見なかったものを分けて置いてきた。その箱を持ち去られたことで、分けていた境目まで、他人の手に渡ったのだ。
私は紙を折らず、机の中央に置いた。鉛筆をその右側へ、索引カードを左側へ移す。いつものように角を揃える。
それから、日記箱があった空白を、もう一度見た。
そこには埃の跡だけが残っていた。申し分のない、長方形の空白だった。
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