2話 紙の上の空白

真柴健人は用具倉庫の奥で、記念メンバー表の控えを丁寧に折り直していた。指先に触れる紙は薄く、妙に心もとない。秋の夜の湿り気を吸って、端がわずかにカールしている。そこに整然と並ぶ名前の羅列が、ただの文字情報ではなく、終わりの宣告のように感じられた。三年生、二年生、一年生。上から下へ流れる名前の順序が、明日の試合を境に二つに断たれるのだと思うと、息が詰まる。

倉庫の照明は、心許ないほど低い位置で揺れている。真柴は何度も棚の奥を覗き、ビブスの山を揃え、ボールの数を数え直した。手を動かしていれば落ち着くはずなのに、視線だけが自然と倉庫の外、部室へと続く通路へ向いてしまう。

悠斗は鞄の口を閉じたり開いたりしていた。鞄を置く位置を変え、また元に戻す。そのたびに中の青が、蛍光灯の光を反射してちらりと見えた。青。あのキャプテンマークの、少し褪せたような、けれどどこか強い青。その色が、倉庫の埃っぽい空気の中で妙に鮮やかで、真柴の胸を突き刺す。

(悠斗さん、何を迷ってるんだ)

言いかけては、やめた。真柴はそれを何度も繰り返した。悠斗が何かを抱え込んでいるのは、長年一緒にいた副主将として分かる。あの布を渡す相手は、誰だって莉央だと分かっている。なのに、なぜ渡さない。いや、渡せないのか。

ここで一歩踏み込めば、何かが壊れる気がした。悠斗の沈黙を壊すことは、この穏やかな時間が終わりに向かうことを認めてしまうことに等しい。副主将としての自分は、最後まで壊れないように、平穏に支えるべきだ。そう自分に言い聞かせるほど、核心に触れる言葉は遠ざかっていく。

その沈黙の端で、真柴は部室の壁に貼られた歴代主将の写真を見上げた。何代も前の先輩から、自分たちが所属する代の少し初々しい集合写真まで。整列した先輩たちの顔は、皆、どこか少しだけ疲れているように見えた。勝った者の誇らしげな顔ではない。何かを必死に守り、そして誰かに押し付け……いや、手渡してきた者の顔だ。

(渡す側、か)

そのときはまだ、その重みがどういうものか明確には気づけなかった。ただ、真柴の手元にある記念メンバー表の、一番下の空欄が、なぜか今日だけは深く、底の見えない穴のように見えた。

「健人、何やってる。もう遅いぞ」

倉庫の入り口で、悠斗が声をかけた。その声はいつも通り静かで、揺らぎ一つない。だが、その背後に隠された、渡せなかった青い布の重みが、真柴には透けて見えた。

「すぐ行きます。ボールは全部揃いました」

真柴は震える声を出さないように注意しながら、整えたばかりのメンバー表を胸に抱えた。その紙の上の空白が、夜の闇よりもずっと重く、二人の間に横たわっていた。

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