6話 二十年前の順番

聞き込みは、元校長、骨董屋、近所の医者へと広がった。みな灰崎朔也の死の夜を知っている。だが、順番だけが少しずつ違う。誰が先に来たのか、誰が紅茶を飲んだのか、誰が階段を上がったのか。言葉は似ているのに、足音の並びだけが噛み合わない。霧島灯子は一人ひとりの言葉を拾い上げながら、その微かな不協和音を、かつて店の地下書庫で聞いた古い引き戸の軋みと重ね合わせていた。

「灰崎君は、あの夜、私のところへ古文書の写本を返しに来たはずだ。確かに受け取った。だが、その後で彼が階段を上ったかどうかまでは……記憶が曖昧でね」

元校長はそう言い、眼鏡を拭う仕草を繰り返した。その手の震えは、当時の動揺なのか、それとも二十年という歳月が積み上げた罪の重さなのか。骨董屋は、もっと露骨だった。彼は棚に並ぶ無数の背表紙を見渡しながら、吐き捨てるように言った。

「有馬だよ。あいつが一番最初に店に来ていた。灰崎と会う前に、あいつは書庫の鍵を借りていたんだ。俺は見たんだよ、有馬が貸出票を一枚、抜き取って懐に入れるところをな。事故のあとで大声がしたのは、有馬が『見てはいけないものを見た』と騒ぎ立てたからだ」

医者は沈黙を貫こうとしたが、灯子の静かな追及に観念したように短く答えた。「事故のあとで大声がした。だが、階段の下には誰もいなかったはずだ。私は検死の記録を書く立場にあったが、なぜかその夜の死因については、警察から『単純な転落死』と書き直すよう強く言われたんだよ」

灯子は、彼らが嘘をついているというより、何かを守るために同じ夜を少しずつずらしているのだと感じる。誰もが灰崎の死を悼むふりをしながら、自らの足跡を消そうとしている。沈黙の位置だけが、全員で同じだった。灰崎朔也という男の死は、この町の記憶において、都合よくパズルのピースが埋められた場所に過ぎない。

三好晴信は当初、二十年前の事故を掘り返すつもりはなかった。だが、証言のずれが偶然ではないと気づくと、表情の変え方が少しだけ変わる。彼は派手な推測を嫌うが、矛盾が一つでも繋がると見逃さない。

「霧島さん、君の言う通りだ。これら三者の証言は、どれも物理的な矛盾を抱えている。特に骨董屋の言う『貸出票の抜き取り』という事実に焦点を当てよう。もし有馬という男が貸出票を偽造し、死の夜に灰崎という男のアリバイを崩そうとしたのなら、それは動機と符合する。だが、なぜそこまでして灰崎を階段から突き落とす必要があった? 彼はただの古書好きの一客に過ぎないはずだろう」

「いいえ、刑事さん。灰崎さんはただの本好きじゃない。彼はこの店の記録に記されない『空白』を見つけた人よ。有馬さんはそれを恐れたの。灰崎さんが生前に残した『返却先』というメモは、彼が死ぬ直前に、ある記録を正しい継承者へ戻そうとした最後の抵抗だった。あの夜、彼は殺されたのよ。記録を消し、都合の良い歴史を再編するために」

灯子の声は震えていなかった。むしろ、すべての違和感が論理という細い糸で繋がっていく快感に、彼女の心は凪いでいた。

そこへ篠宮美緒が再び現れた。丁寧な口調、揃えられた書類の端、低い声。再開発のために必要な旧地番資料を見せてほしい、と彼女は言う。その言い方には圧があるのに、圧が見えない。灯子は、その柔らかさがかえって怖いと思った。美緒は、言葉を出す前に一拍置く癖がある。真琴はその一拍を、相手を待つためではなく、逃げ道を測るための間だと見ていた。

「霧島さん、この店が閉まるのは、都市の新陳代謝です。過剰な郷愁に浸って、古い記録に執着するのは、むしろあなた自身のためになりません。この土地には、一度更地に戻さなければ見えない事実もある。……それとも、二十年前にこの場所で何が起きたのか、あなたは本当のところを理解していないのですか?」

美緒の言葉は、まるで灯子の心を見透かすような鋭さを持っていた。彼女が封筒を押さえたとき、その指先は妙に慣れていた。封を傷めない押さえ方、本の角を乱さない持ち方。現場で何度も紙を扱った者の手だった。書類を整える人間は、書類を隠すのも上手い。灯子はそのことを、口には出さなかった。美緒が去ったあとの店内に、重たい静寂が降りる。

「灯子ちゃん、美緒さんの言う『更地に戻さなければ見えない事実』というのは、まさかこの店の地下書庫にある何かを指しているんじゃないでしょうね」

真琴が不安そうに灯子を見つめる。灯子は静かに頷き、預かり棚の隅に置かれた、目録にない一冊の抜け殻を指した。

「そうよ、真琴。灰崎朔也の死は、再開発の利得と、この店に眠る継承の秘密を結びつけるための、最初の生贄だったの。有馬さんが死者の名を借りて荷物を送ってきたのは、私を挑発するためじゃない。本当の『返却先』へ至る最後の暗号を、私に解かせようとしたのよ。自分が手に入れられなかったあの記録を、私という最後の店主の手で、日の目を見せようとね」

灯子は、棚板の埃を指先でなぞった。その指先には、確かな論理の熱が宿っていた。二十年前、この店で何が起きたのか。死者が届けてきた宅配便の箱が、今、古書灯籠堂の最後の夜を、恐ろしいほどの真実へと引きずり込もうとしていた。

← 横にスクロールして読み進められます

二十年前の順番 - 死者の返送先 - 誰でも作家life