2話 朝の束をならべる

午前の廊下は、蛍光灯の白さがまだ眠っている顔をしていた。その冷たい光を浴びながら、私は管理会社から預かった青いファイルと、ここ一週間分溜め込んできた304号室の朝刊を両腕に抱え、空き部屋の前の小さな台にそれらを並べた。紙は一枚ずつ、同じ向きで、端をきっちり揃える。図書館で返却本の背を合わせていた頃の癖が、このような奇妙な検証作業でこそ生きるとは皮肉なものだ。

朝刊は七日分あった。どれも午前612分という異様なほど正確な時刻に届き、どれも湿り気を含み、折り目は驚くほど整っている。私は一枚ずつ、図書館の書庫で古い文献を扱うときのような手つきで折り目を指でなぞり、紙の厚みと波打ち方を比較した。

地域面の同じ記事に、毎回、赤鉛筆のような細い線が引かれている。だがその線の位置は、日ごとにわずかな差異を見せていた。ある日は見出しの右端をかすめ、ある日は本文の段落を少しだけ削り、またある日は記事の余白をなぞるだけで終わっている。

「同じ人間が引いているとは限らない。あるいは、引く者のその時の精神状態が、この数ミリの誤差に反映されているのか……」

そう口の中でつぶやいたあと、自分でもその推論の危うさに胸が突かれた。違和感は、最初は形を持たない霧のようなものだ。だが、紙という物理媒体の上では、それは執拗なまでに形を持って居座る。私は赤線の位置を定規で測り、手帳に数値を書き込んだ。6ミリ、4ミリ、8ミリ。誤差と呼ぶには揺れが大きく、迷いと呼ぶにはあまりに反復的だ。

304号室の中に戻ると、北見静香の無地のノートが机の上に開かれたまま放置されている。そこには領収書の番号、理事会で処理された議事録の日付、商店街の定休日といった、日常の骨組みだけが箇条書きのように並んでいた。そこには感情の吐露など一行もない。あるのは、見たものを一ミリも逃さないという、静香という女性の硬い覚悟だけだった。

私はノートの端をそっと押さえ、ページをめくるたびに紙の擦れる乾いた音を聞いた。窓の外では、遠くの公園で鳩が羽を打つ音がする。マンションの日常は、今日も昨日と同じく、澱みなく続いている。続いているのに、304号室だけが、途中で糸を切られた凧のように、過去のまま置き去りにされていた。

夕方、三枝が配達帰りに管理室へ顔を出した。汗で前髪が額に張りつき、指先はまだ自転車のグリップの形を覚えているのか、少し震えている。私が朝刊を広げると、三枝は迷わず視線を落とし、その光景を直視することを避けるように呟いた。

「浅井さん、この朝刊の束ですが、明らかに重さが違う日があるんです」

「重い、というほどではないのか?」

「いえ。ほんの数グラムです。でも、自転車で何百件も回っていると、新聞の束の『重さの記憶』が手になじむんです。304号室に届くものだけ、いつもと違う密度……いえ、持った時の感じが、どうしても残るんですよ」

三枝は言いながら、気まずそうに帽子のつばを触った。自分の感覚に自信がないのだろう。だが、それは三枝という若者が、日々の過酷な労働の中で培った職人的な直感だ。私はその重みの正体を突き止める必要があった。

三枝の話を聞きながら、私は新聞の下敷きになっていた折込チラシの奇妙な欠損に気づいた。抜かれた跡がある。それも、きれいに切り取られているわけではなく、指先で乱暴に引き抜かれたような跡だ。誰かが、新聞というパッケージそのものよりも、そこに挟まっていた情報を執拗に回収している。

その夜、私は受け口の内側を綿棒でなぞった。紙の粉と湿気が細く絡む。ラベルを剥がした痕に、薄い糊の筋が残っていた。北見静香の姓は、消し切れないほど薄く残っている。そこに別人の名を貼り替えた者がいたのか、あるいは貼られた名を剥がした者がいたのか。まだ全貌は見えない。ただ、何かを上書きしようとして、完全には消せなかった手つきだけが、この部屋の入り口に刻まれていることだけは確かだった。私はその糊の筋を見つめ、静香が最後まで守りたかった「記録」の厚みを、自分の指先で再確認した。

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朝の束をならべる - 朝刊の痕跡 - 誰でも作家life