第4話 新しい足跡と、広がる家族の絆
# 第3幕 新しい家族と、穏やかな日々の続き ## エピソード1 新しい足跡と、広がる家族の絆 なんだろう、この匂い。さっきまでの、湿った土とキノコの不思議な匂いとはまるで違う。もっと生きていて、温かくて、そして少しだけミルクに似た匂い。僕の好奇心は、コタロウの声に驚いて突進してしまったキノコのことなんてすっかり忘れて、目の前の黒い塊に釘付けになった。それは、陽菜の手のひらにだって収まってしまいそうなほど、ちっぽけな黒い毛玉。ふわふわの毛に覆われた体から、つぶらな瞳が二つ、警戒するように僕をじっと見つめている。
僕は、僕の自慢の真っ白な鼻をヒクヒクさせながら、その正体を探ろうと一歩、また一歩と慎重に距離を詰めた。友だちになれるかな。一緒にこのたんぽぽ広場を駆け回れるかな。そんな期待が、僕の小さな胸の中で膨らんでいく。あと少しで鼻先が触れる、その瞬間だった。
「パンッ!」
柔らかいけれど、確かな手応えのある一撃が、僕の鼻先を打ち据えた。続いて「ニャーッ!」という、小さくても抗議に満ちた声が響く。僕はびっくりして、思わずピョーンと後ろに飛び退いた。な、なんだ、この生意気な黒い毛玉は! こんなに小さいくせに、なんてことをするんだ! 僕の心は、驚きと少しばかりの憤りでいっぱいになった。
そんな僕たちのコミカルなやり取りを見ていた陽菜が、くすくすと楽しそうに笑う声が聞こえる。でも、その笑い声はすぐに心配そうな響きに変わった。 「あらあら、ごめんね、ミルク。びっくりしたわね。……でも、この子、どうしたのかしら。お母さん猫は近くにいないみたいだし……」
陽菜はそっとしゃがみ込むと、黒い毛玉――子猫を驚かせないように、ゆっくりと手を差し伸べた。子猫は一瞬身を固くしたけれど、陽菜の指先から伝わる優しい匂いを嗅ぐと、少しだけ警戒を解いたようだった。陽菜の眼差しは、僕が今まで何度も見てきた、慈愛に満ちたものだった。それは、かつて雨に濡れて道端で震えていた僕を見つけてくれた、あの日の眼差しと、どこかよく似ていた。
「ねえ、ミルク。この子、ひとりぼっちみたい。このままここに置いておいたら、カラスに狙われちゃうかもしれないし、夜は冷えるわ。どうしよう……。あなたは、どう思う? おうちに、新しい家族が増えるのは」 陽菜は僕に問いかける。僕にわかるはずなんてないのに。でも、陽菜のその声を聞いていると、僕の心の中の不満が少しずつ溶けていくのがわかった。この陽菜の優しさが、僕を救ってくれたんだ。この温かい声が、僕に「ミルク」という名前と、安心できるこの場所をくれたんだ。
僕は返事の代わりに、陽菜の足元にすり寄って、くんくんと匂いを嗅いだ。それは「陽菜の決めたことなら、僕はいいよ」という僕なりのサインだ。
「そっか。ありがとう、ミルク。じゃあ、決まりね」 陽菜はそう言うと、持っていたハンカチで子猫をそっと包み込み、大事そうに腕の中に抱いた。「よし、一時保護、決定。ミルク、あなた、今日からお兄ちゃんだからね。しっかりするのよ」。お兄ちゃん? 僕が? その言葉の響きは、なんだかむずがゆくて、でも少しだけ誇らしいような気もした。
家路につく僕たちの足跡は、二つから三つに増えていた。僕の白い足跡と、陽菜の足跡。そして、陽菜の腕の中で眠る、小さな黒い子猫の、まだ見ぬ足跡。アパートのドアを開けると、いつもの我が家の匂いに、新しい匂いが混じり合う。陽菜の足元で、僕と子猫がそれぞれのんびりと寛ぐ。今日一番の温かい癒しを陽菜に与えているこの光景が、これから始まる、新しい家族の穏やかな日常の始まりなのだと、僕は確信していた。僕たちの小さな散歩道は、これからもっと賑やかで、もっと楽しくなるに違いない。
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