第6話 写真の列と、まだ立てない一人

試合の合間、真柴は飲み物を運び、タオルを配り、ホイッスルケースを持ち替えては駆け回った。
あいつはよく動く。誰かが黙れば、何かを差し出し、誰かが止まれば、先回りして片付ける。けれど、私と莉央の間だけは、どうしても埋まらなかった。私たちは同じチームのユニフォームを着ていながら、戦場と祭壇くらい遠い場所に立っている。
休憩中、真柴がふと部室の方へ目をやった。壁の歴代主将の写真が、窓の外から差し込む鋭い秋の光を受けて薄く光っている。私はその視線を追った。
写真の中の先輩たちは、誰一人として勝者のような昂揚した顔をしていなかった。疲弊した顔、暑さにやられた顔、雨に濡れて張り付いた前髪、何かを言いそびれたままカメラを見据える険しい視線。その列の中に、私たちが撮った集合写真もある。まだ一年生だった真柴と、不安で少し強張っていた莉央の顔が、歴史の一部としてそこに埋め込まれていた。
真柴はしばらく黙ってから、手元のテーピングの切れ端を指先で回し、また止めた。
「主将って、ああいう顔なんですかね」
独り言みたいな声だった。あいつの目には、先輩たちの背中がどう映っているのだろう。偉大な統率者か、あるいはただの苦労人か。
私はすぐに答えなかった。答えたくなかったわけじゃない。あの写真たちを見上げて、ようやく分かったことがあったからだ。主将は、前に立ち続ける人間じゃない。次の誰かに、この重たい季節を渡し続けるための「中継地点」だ。私が今まで守ってきたのは、部活の伝統なんかじゃなく、ただの私のプライドだった。
「健人、主将っていうのはな、前に立つ回数じゃないんだ」
私は真柴の横顔を見つめて言った。
「あの写真を見ろ。みんな、何かを抱えて終わらせようとしている。俺たちは勝つためにここにいるんじゃない。俺たちがここにいたという事実を、次の誰かに手渡すためにいるんだ。それを止めちまったら、あの写真の列も途絶える」
真柴は自分で言った言葉を拾いそこねたみたいに、少しだけ眉を寄せた。彼はいつだって、私の言葉に自分の価値を見出そうとする。だが、今日のあいつは、私の言葉の先にある「空白」に気づき始めているようだった。
「渡すって、そんなに簡単じゃないですよね。今日が終われば、悠斗さんはもう……」
「終わるよ。引退すれば、俺はもう部員ですらない。だが、お前たちは残る。莉央も残る。俺が最後に渡せるのは、お前たちがその場所から逃げてもいいし、あるいは背負ってもいいという、選択肢そのものだ」
私の言葉に、真柴は沈黙した。その沈黙のあいだに、私は彼がまだ自分の役目を「手伝い」という名の逃避に置いていることに気づいた。あいつもまた、次に立つべき場所から半歩逃げていた。いや、私たち全員が、終わりの夜の闇から逃げ惑う亡霊だったのだ。
「俺は、莉央を信じたいと思っている。いや、信じなきゃいけないんだ。渡すっていうのは、相手を信じると同時に、自分がいなくなることを許すことだからな」
そう言うと、真柴は驚いたように私を見た。あいつは、私が後輩の莉央に対して、そんなにも複雑な感情を抱いていたことに気づいていなかったのかもしれない。
「悠斗さん、それは……莉央さんに重すぎませんか」
「ああ、重いさ。俺自身、このマークを鞄に入れてから、ずっと押しつぶされそうだったんだから」
私はキャプテンマークの入った鞄を強く握りしめた。試合の合間の静寂の中、グラウンドの外では秋の風が木々を揺らしている。私たちは、次の試合が始まるまでのわずかな時間を、ただこうして立って過ごすしかない。真柴の顔には、まだ迷いがある。莉央の顔には、まだ拒絶がある。
「それでも渡すんですか」
「渡すよ。俺が持っている限り、この布はただの重荷だ。だが、あいつの腕に巻かれた瞬間、これは『未来』になるんだ」
真柴は何も言わなかった。ただ、歴代主将の写真を見つめ、また自分の手元のホイッスルケースを見た。あいつの指先が、少しだけ震えている。それは怖れなのか、それとも、次へと向かうための準備の始まりなのか。私には分からなかった。ただ、私たちはこうして、終わりの日の陽射しの中で、自分の役目の終わりと、誰かの始まりの重なり合いを見つめていることだけは確かだった。
試合再開の笛が、遠くから聞こえた。私たちは無言のまま、グラウンドへと歩き出す。その背中を、歴代主将たちが無言で見守っているような、不思議な圧迫感の中で。私は莉央の姿を探した。彼女はもうピッチに立ち、三つ編みを揺らして、ボールを見つめている。彼女のその強さを、私はもう疑わない。たとえ彼女が、その重みに潰れそうになったとしても、それが彼女の選んだ道であるならば、私は託すことができる。
真柴が私の隣を歩く。その歩調は、昨日よりもわずかに力強かった。私たちは言葉を交わさずとも、この重たい季節の正体を共有しつつあった。終わりの夜を越えた先にある、冷たくて眩しい朝。そこに、私たちの答えがある。私はそう信じて、最後の一歩を踏み出した。
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