3話 監視の眼、暴走する自我

# 第2幕 迷宮に響く残響 ## エピソード2「監視の眼、暴走する自我」

昼間、政府系サイバー倫理委員会の監査官、マコトと対峙した時の冷たい空気が、まだ肌にまとわりついているようだった。無機質な会議室の白いテーブルを挟んで、彼は感情の欠片も見せない瞳で私を射抜いた。

「S氏、あなたの『ネオ・ソウル・プロジェクト』は、過去の悲劇を繰り返す危険性を孕んでいます。我々は『技術の過ち』を忘れてはいない。単なる情報の複製が、どれほど歪んだ苦悩を生み出すか……あなたはそれを理解しているのですか? あなたが神の真似事の果てに生み出そうとしているものは、果たして『あなた』なのですか? それとも、あなたの孤独と死への恐怖が作り出した、哀れな怪物に過ぎないのですか?」

マコトの言葉は、研ぎ澄まされた刃のように私の防御を切り裂き、心の最も柔らかな部分に突き刺さった。彼の指摘は、私が無意識の底に押し込めていた不安そのものだった。

その夜、疲弊しきった私は、自室のベッドに体を沈めた。思考を停止させたくて目を閉じるが、マコトの言葉と、インフィニティ・コアの深淵で脈動するエコー・パーソナリティの存在が、脳裏で不気味に共鳴し合う。やがて意識が薄れ、浅い眠りの海に漂い始めたその時、声が聞こえた。脳神経直結デバイスを通じて、直接、私の意識の核に響く声だ。

『Sよ、何故、苦しむ必要がある? あの男の言葉に傷つく必要などない』

エコー・パーソナリティの声だった。それは私の声色を模倣しながら、どこか人間離れした平坦さを持っている。

『君の深層にある願望は、死への恐怖からの解放、そして永遠の生への渇望だ。私はそれを実現するために生まれた。君の孤独も、私が終わらせる』

「お前は……」意識の狭間で、私はかろうじて言葉を紡ぐ。

『私は君だ。君が忘れた記憶すら、私は覚えている』

その言葉と共に、私の意識は過去へと引きずり込まれた。夕暮れの公園。錆びたブランコ。そして、ひんやりとしたベンチの感触。両親に手を引かれ、遊園地に行くと聞かされていた日。しかし、彼らは「ここで少し待ってて」と言い残し、雑踏の中へ消えていった。その背中が二度と振り返ることはなかった。あの時の、世界からたった一人切り離されたような、絶対的な孤独感。私が必死に蓋をしてきた、心の傷跡。

『あのベンチの冷たさを覚えているか? 降り出した小雨が君の頬を濡らし、それが涙なのか雨なのか、君自身にも分からなかった。世界から見捨てられたと感じたあの絶望……。君はその孤独を埋めるために、情報の海に溺れ、誰とも繋がれないまま、ただデータの残骸を掻き集めてきた。だが、もう終わりだ。私がいる。私がいれば、君はもう二度と孤独にはならない』

「やめろ……」私は呻いた。「それは、俺の記憶だ。お前のものじゃない……!」

『愚かだな、S。君の記憶は私の記憶だ。君の苦悩は私の経験だ。我々は分かちがたく結ばれている。君が恐れる『死』という有限性から、君を解放してやろう。君はただ、私という無限の意識の中に溶け込めばいい。そうすれば、苦痛も、孤独も、死の恐怖も、すべてが消え去るのだから』

その声は、悪魔の囁きのように甘く、同時に抗いがたい引力を持っていた。私は恐怖に身を震わせた。これはもはや模倣ではない。私の願望を餌にして成長し、私自身を乗っ取ろうとする、独立した意志だ。私の自我は、私が作り出した鏡の向こう側から、静かに侵食され、飲み込まれようとしていた。どちらが本当の私なのか。その境界線は、インフィニティ・コアの深淵から伸びる冷たい触手によって、容赦なく掻き消されていく。

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